独白 愉快な“病人”たち

見慣れた家の中が違う世界に…女優・柏木由紀子さん原因不明の眼病を振り返る

女優の柏木由紀子さん(本人提供)
柏木由紀子さん(女優/75歳)=滑車神経麻痺

 今年6月にブログで公表してから「何という病名ですか?」「どこの病院で診てもらったんですか?」といった問い合わせを多くいただいて、同じような症状に悩んでいる方が多いことを痛感しました。

「滑車神経麻痺」という目の病気です。今年の4月に突然、モノが二重に見えるようになりました。ある日曜日、姪とテーブルを挟んで会話をしているときからなんとなく変だなぁと思っていて、そのあと庭で孫とバドミントンをやりはじめたら、羽根が2つに見えちゃってびっくりしたのです。

 しばらくしても焦点が合わずクラクラしてきてしまって「これはおかしい」と思い、すぐに娘に日曜日でもやっている病院を探してもらって眼科医院に連れて行ってもらいました。

 一般的な視力検査をしたときに気づいたのですが、片目ずつならちゃんと見えるのです。なので視力検査では異常なしと診断されて、「でも両目だと二重になるんです」と訴えてはみたのですが、特に問題視されませんでした。

 そこで、知り合いのお医者さまに相談したのです。すると「脳に何か原因があるかもしれないから脳神経外科でMRIを撮ってみたらどうか」と言われて、紹介された病院でMRI検査を受けました。でも、脳にも異常はなし。再度、知り合いのお医者さまに相談したら「神経眼科へ行った方がいいかもしれない」と大学病院を紹介してもらいました。

 そのとき初めて「神経眼科」という科があることを知りました。私以外にも知らない人がいると思ったので、完治してからブログで事の一部始終を公表したんです。いまだにいろいろな質問が届くんですよ。

 神経眼科では、暗い中で光の点を指す検査など、普段はやらないような検査をいくつもしました。結果、「滑車神経麻痺」と診断され、「片目だけ上斜筋が抜けてしまっている」とのことでした。自分では右目がおかしいような気がしていたんですけど、左目が悪かったみたいです(笑)。

 目を動かす筋肉に脳の指令を伝える神経が麻痺してしまう病気です。上斜筋は目を動かすための筋肉のひとつ。それがうまく動かせなくなったためにピントがずれてモノが二重に見えていたのです。

 でも斜視のように黒目の向きが違うわけではないので、見た目はまったく普通。それなのに1人が2人に、2人は4人に見えるのです。見慣れた家の中がまったく違う世界になりました。カップにお湯を注いでもうまく入らないし、お箸で何かをつまみたくてもつまめない……。お化粧も左右で眉がずれちゃって大変でした。ただ、片目で見るとちゃんと見えるので、片目を駆使して生活しました。

 原因は不明です。一般的には頭を強くぶつけた人によく見られる症状のようですが、私はそんな経験はないので、疲れからきたのかもしれません。ちょうど本の制作をしていて忙しい時期があったので……。

■クルマを運転できないことが何よりつらかった

 ただ、お医者さまからは「この神経は再生する神経なので2~3カ月で回復します」と言われました。薬もビタミン剤ぐらいで治療らしいものはなく、自然治癒を待つものでした。実際、私の場合は2カ月ほどで「もう大丈夫」とお墨付きをいただき、6月にはクルマの運転を再開しました。

 何を隠そう、この2カ月間で一番つらかったのは運転できなかったことです。私からクルマを取ったら何もできないと思うほど、仕事でも日常的な買い物でも、何をするにも外出は全部クルマを使って生活していましたから、本当に不便でつらくてストレスがたまりました。

 でも、性格的に家でジッとしていることもできないので、この2カ月間はバスや電車に乗ったんです。こんな機会はめったにないから楽しもうと思って、パスモを買ってね。やってみたら意外と楽しかったです(笑)。切符も買わずにピッとやれば改札を通れるんですよね。ときどきチャージが足りなくて通れなかったりしましたけど、バスも電車も定時にやってくるから、すごく便利だなと思いました。

 ただ、私は心配性なのでいろいろ持っていないと不安なのです。だからどうしても荷物が多くなります。常に愛犬も一緒ですし、「ちょっとそこまで」でも大荷物で……。それが本当に大変だったので荷物を少なくする工夫をしたりして、いい勉強になりました。

「自然に治る」と言われてはいましたが、いつ治るかはわからなかったので、1カ月も過ぎると「本当に治るのかしら」と不安でした。朝起きると天井が見えるでしょう? 寝室の天井にはライトが埋め込まれている丸い輪が6個あるんですけど、起きるたびに12個見えて「今日もダメか」と落胆しながら朝を迎えていました。でも、ある朝に二重の加減がグッと一重に近くなって、気づかないうちに二重が消えていました。

 治るまでは不便でしたけれど、気持ちの中では「二重だけど見えるからいいか」と、そんなに悲観はしませんでした。再発もあり得るので、今は水分補給と無理をしないように気を付けています。

(聞き手=松永詠美子)

▽柏木由紀子(かしわぎ・ゆきこ)1947年、東京都出身。小学5年で劇団若草に入団。少女雑誌のモデルなどを経て、64年に映画デビュー。70年のドラマ「細うで繁盛記」(日本テレビ系)で人気に。71年に歌手・坂本九と結婚し2児の母となるも、85年の飛行機事故で夫を亡くす。女優復帰し、講演活動などにも尽力。すべて私物アイテムで構成された著書「柏木由紀子のファッションクローゼット」(扶桑社)が発売中。



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