正解のリハビリ、最善の介護

「慢性期」の3つの段階に応じたリハビリはどんなものなのか

「ねりま健育病院」院長の酒向正春氏
「ねりま健育病院」院長の酒向正春氏(C)日刊ゲンダイ

 現在の日本の医療体制では、認知症や脳卒中後遺症などの障害を抱えている慢性期に回復するための“攻めのリハビリ”を受けたい場合、「介護老人保健施設(老健)」が唯一の選択肢であるとお話ししました。ただ、一般的な老健は、単に3カ月間の生活支援を受ける施設となっているのが現状です。しっかり回復させるための積極的なリハビリを行える施設が少ないからです。最善の介護には正解のリハビリによる評価と回復がとても大切になります。

 一口に「慢性期」といわれますが、大きく3つの段階に分けられます。1つは「生活期」と呼ばれる段階で、積極的なリハビリを行えばしっかり回復して、再び自宅生活へ戻れるような患者さんが該当します。病気やケガの治療後に在宅復帰や社会復帰を目指したリハビリを行う回復期と同程度の段階といえます。たとえば、発症時の年齢が70歳以下で重症だったものの年単位で回復してきた患者さんや、超高齢でADL(日常生活動作)が低下してきた患者さんがこれに当たります。

 2つめの段階は「介護期」と呼ばれます。生活期に該当する患者さんでも、加齢とともに回復の度合いが上がらなくなってきて、むしろ徐々に機能や能力が落ちていきます。それを何とか食い止めてできる限り維持しようという段階です。この介護期から、さらにずっと機能や能力が落ちて活気が低下してくると、食事や水分をとれなくなり、反応も弱くなってきます。そうなるとおよそ2週間で亡くなる方がほとんどで、この2週間が「看取り期(終末期)」と呼ばれる段階です。

 慢性期のリハビリは、生活期、介護期、看取り期のそれぞれに応じた3つのリハビリがあり、内容が変わってきます。

 看取り期では、回復を目指すような攻めのリハビリはもちろん行えません。看取り期のリハビリは、定期的に起こして痛みや褥瘡ができないようにしたり、全身を伸ばして優しく拭くなどで清潔を保つようにします。また、食事ができなくても、意識があるようなら屋外に連れ出して快適を感じていただきます。これらもすべてリハビリなのです。

 介護期は、回復が下がって機能や能力が落ちていく度合いが強まるので、攻めのリハビリを行えず、グンと回復させることは不可能です。そのため、なるべく機能や能力が落ちないように底上げをして、日常生活動作での介助量を減らすことを目的にリハビリを行います。

 介護期は毎日軽い廃用症候群が進行するので、それを食い止めるために筋力や体力、意識のレベルを上げるリハビリはとても有効です。基本的には回復期のリハビリと同じで、座らせて、立たせて、無理なく歩かせて筋力と体力を底上げしつつ、コミュニケーションをとって反応を上げていく取り組みをします。また、たとえば食事をする、トイレに行く、入浴する、顔を洗う、服を着替える……といった日常生活で行うさまざまな一連の動作の中で、なにができないのかを把握して、それをできるように特化します。介助している方の負担を減らすようなリハビリを行うのです。

■生活期の高齢者もしっかり回復できる

 慢性期に当たる3段階のうち、回復させて機能や能力を上げることを目的にリハビリを行うのは、生活期です。これまで何度かお話ししてきましたが、回復期リハビリを行っているねりま健育会病院は、老健の機能も持っています。「もっとよくなりたい」と考えている生活期に該当する脳卒中後遺症などの方や超高齢者を、攻めのリハビリで回復させたいという思いから併設を実現させました。

 慢性期のうち生活期に該当する方は、認知機能が保たれていれば、100歳以上の超高齢でも適切なリハビリを行うとしっかり回復して機能や能力も上がり、自立した生活を送ることができるようになります。

 しかし、年齢だけをみて「上がる」ということがわかっていない施設では十分な回復は望めませんし、全国のほとんどの老健はリハビリ指導者不足なため介護するだけで精いっぱいなのが現状です。

 慢性期の高齢者でも本当に回復して機能や能力が上がるのか、どのくらいの程度に回復するのか……といった診断と予測を的確に行い、そのための正解のリハビリを行える施設は極めて少ないのです。

 慢性期(生活期)で「もっとよくなりたい」と思っている高齢者はたくさんいます。そうした方がきちんとリハビリに取り組める場所をつくり、回復させて自宅に戻ってもらう。そして当老健がそのモデルになり、同じようなリハビリを行える老健が全国に広まってほしい。そうした思いから老健を併設したのです。

 ただ、現在の老健の仕組みの中では、十分な回復のためのリハビリを行うには“工夫”が必要になるケースがあります。次回、詳しくお話しします。

酒向正春

酒向正春

愛媛大学医学部卒。日本リハビリテーション医学会・脳神経外科学会・脳卒中学会・認知症学会専門医。1987年に脳卒中治療を専門とする脳神経外科医になる。97~2000年に北欧で脳卒中病態生理学を研究。初台リハビリテーション病院脳卒中診療科長を務めた04年に脳科学リハビリ医へ転向。12年に副院長・回復期リハビリセンター長として世田谷記念病院を新設。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」(第200回)で特集され、「攻めのリハビリ」が注目される。17年から大泉学園複合施設責任者・ねりま健育会病院院長を務める。著書に「患者の心がけ」(光文社新書)などがある。

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