第一人者が教える 認知症のすべて

高齢の両親に旅行をプレゼント…「お任せ」ではない自力で行くスタイルで

写真はイメージ
写真はイメージ

「ちゃんと行けるか、すごく心配だったんですが」と話すのは、東京在住の50歳の女性。大阪に住む80歳前後の両親に、1泊2日の旅行をプレゼントしたそうです。

 それは、愛知県の名古屋から1時間ほどのところにある、フグとタコの島として知られる日間賀島への旅。この女性は日間賀島が好きで、特に冬から3月末まではフグのコースが食べられるとあって、何度も足を運んでいるとのこと。

 旅行をプレゼントしたきっかけは、両親が楽しみにしていた沖縄旅行ツアーが中止になったことでした。理由は、最少催行人数を満たさなかったため。それなら、沖縄と同じとはいかないにしても、海に囲まれ、リラックスした気持ちを味わえる、かつ大阪からそう遠くない日間賀島はどうかと思ったそうです。

 気軽な気持ちで提案し、両親も乗り気になった日間賀島旅行。名古屋駅から日間賀島までの移動費込みのお得なプランは、ネットでしか申し込めません。後期高齢者の両親はこれまで旅行のネット申し込みをしたことがなく、女性が代行。

 そして、移動手段。大阪から新幹線のこだまで行くと安く済みますが、やはりそのお得なチケットはネットからしか申し込めず、女性が代行。チケットレスなので、両親が持つICカードと連携させる手続きも女性が行いました。

 何が大変だったかと言って、ツアーコンダクターが同行する“全てお任せ”の旅行しかしたことがない両親に、自力で現地まで行ってもらい、かつチケットレスという、これまた未経験の方法を会得してもらうことでした。

 どうやって行けばいいか、どの電車に乗ればいいか。東京と大阪と住まいが離れているため、すべて電話でのやりとりです。年齢を重ねると、新しいことへのチャレンジがおっくうになりがちですし、理解力も衰えます。女性は電話口で説明すればするほど、「お父さんとお母さん、自分たちだけで本当に行けるんだろうか」と不安が高まってきたといいます。

写真はイメージ
写真はイメージ
「初めてのことばかりで難しいけど、ボケ防止と思って頑張るわー」

 高齢の両親に個人旅行をプレゼントした女性。不安が高まるにつれ、「こんなことだったら、ツアコン付きの旅行にすべきだった」と後悔の念も湧いてきたそうですが、でもやっぱりプレゼントしてよかったなと感じたのは、両親から「自分たちだけで旅行したことないもん。難しいけど、ボケ防止やと思って頑張るわ」という言葉が聞けたことでした。

 両親の旅行前日。女性は念のために、何時発、何番線の電車に乗ればいいか、乗り継ぎはどのようにすればいいか、乗り換えはどの出口を出ればスムーズに行くかなどを細かく明記した紙を実家にファクスしました。

 移動時間にかなりの余裕を持たせたスケジュールをたて、宿には女性自ら電話をかけ、送迎を依頼。外食が日常的ではない両親は、外食にありがちなしょっぱさ、脂っこさにも慣れていません。両親でも大丈夫そうな食事どころをピックアップし、「もしイマイチだと思ったら、デパートの地下でお寿司でも買ってね。わからないことがあったら、駅員さんとか、店員さんとかに聞いてね」と伝えたそうです。

「やり過ぎかと思いつつ、そこまでしないと、私が落ち着かなくて」(女性)

 旅行当日、母親から日間賀島のタコのシンボルマークとフグの料理を写した写真がラインで届きました。2日目の夜には、帰阪した両親から「ほんまに行ってよかったわ。楽しかったわ」という電話があり、安心して体の力が抜けたような気分になったそうです。

 後日、日間賀島好きの女性は両親と電話で「あそこの景色良かったやろ。船も気持ちいいやろ」など、“日間賀島話”に花を咲かせました。

 前述の通り、年齢を重ねると、新しいことへのチャレンジがおっくうになりがちです。一方で、新しいことへのチャレンジは、それが楽しいものであればあるほど、脳を活性化させます。そしてその楽しかった時間を思い出し、おしゃべりをすることもまた、脳の活性化につながります。

「両親の年齢を考えると、元気に旅行できる機会はそう多くないかもしれない。今度は旅行の計画の段階から、両親に加わってもらおうかな」と女性が話してました。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

関連記事