正解のリハビリ、最善の介護

退院後に自宅で続けるリハビリはどんなものが有効なのか?

「ねりま健育病院」院長の酒向正春氏
「ねりま健育病院」院長の酒向正春氏(C)日刊ゲンダイ

 回復期病院や介護老人保健施設(老健)で攻めのリハビリを受け、回復して退院された患者さんは、自宅でもリハビリを毎日の習慣として続けることが大切です。

 まず、意識して取り組んで欲しいのは、筋力と体力が落ちないようにすることです。そのためには「歩く」のが基本で、1日5000歩以上、距離にすると2キロ以上は歩くことが推奨されています。これを継続することはもちろん有効なのですが、さらに重要なリハビリが「立ち上がり訓練」です。筋力は100歳でも増加します。

 まずイスに座った状態から、できれば手は使わずに腰を浮かせてスッと立ち上がります。立ち姿勢では床に踵をつき、膝と股関節を伸ばします。次に上半身を少し前に倒してお辞儀するような姿勢で腰を落とし、再びイスに座ります。このとき、勢いよくドスンと座らないようにします。圧迫骨折を防ぐためです。

 この動作を連続して30回が1セットで、それを朝、昼、晩と食事の前か後のお気に入りの時間に1日3セット行います。30回×3セットですから1日合計90回になります。これは最低限の回数で、可能ならば50回×3セット、1日合計150回行います。この立ち上がり訓練を継続してできるようになると、足腰の筋力や股関節の動きが安定して、転倒しにくくなるのです。

「進行性核上性麻痺(PSP)」という難病があります。40歳以降に発症し、初期から転びやすくなって転倒を繰り返すようになるのが大きな特徴です。以前、このPSPの77歳になる患者さんが来院され、「転ばないようにするためにはどうしたらいいでしょうか」と相談されました。そこで、先ほどの立ち上がり訓練を導入したのです。

 最初は、立って座ってという動作を連続5回くらいしかできませんでしたが、その患者さんは残存能力があったので、訓練を繰り返すことで連続30回できるようになりました。これを無理なく1日3回、合計90回行える状態になってから自宅に退院され、その後も立ち上がり訓練を毎日続けたところ、それからまったく転ばなくなったそうです。

 ただ歩く場合であれば、立っているところからスタートするのでそこまで筋力を必要としないでも歩くことができます。しかし、座っている姿勢から腕は使わずに背筋を伸ばしたままグッと立ち上がり、再びスッと座る動作は、脚の筋肉、腹筋、背筋を使います。ですから、立ち上がり訓練は、筋力と体力を維持するためにとても効果的なリハビリなのです。これは、PSPの患者さんだけでなく、筋力と体力が落ちてくる高齢者や、廃用症候群の患者さんなども含め、すべてに共通します。

■「コミュニケーション」が重要なポイント

 また高齢者では、転倒・骨折を防ぐことが非常に重要です。高齢になると、骨がもろくなっていたり運動機能の衰えから転倒、骨折しやすくなります。転倒・骨折をきっかけにそのまま寝たきりになって、介護が必要になるケースも少なくありません。

 転倒を避けるためにも、自宅で立ち上がり訓練を続けることが大切になるのです。30回の立ち上がり訓練を可能にするポイントは、毎日1回ずつ無理なく増やしていくことです。1日1回を3回から始めても、30日目には30回を3回できることになります。確実に脚力がつきますので、ぜひ試してみてください。

 立ち上がり訓練で筋力と体力を維持するほかに、退院後のリハビリとして重要なのが「コミュニケーション」をとることです。誰とでも構いませんので積極的にコミュニケーションを図り、新しい会話を楽しんで、脳に刺激を与えることは認知機能の低下を防ぎます。さらに、何かしら楽しいと思えるものを探して楽しい時間をつくるのも大事です。

 できれば、「学習を楽しむ」ことをおすすめします。特別な趣味がなかったとしても、歴史や文化、旅行、生活スタイル、食べ物やファッションなどの興味のあるテーマを探してカルチャースクールに通う。地域の自治体や町内会が実施している活動に、何をしているのかを確認するつもりでもいいですし、ご近所さんをお手伝いするためでもいいので、参加してみる。近所の図書館が開催しているプログラムやイベントもとても考えて企画されていますのでぜひ参加してみてください。新しい学びを楽しめば、脳にとって大きな刺激となります。

 退院後に有効なリハビリとして挙げた、①「筋力と体力を維持、向上する」②「コミュニケーションをとる」③「学習を楽しむ」という3つのポイントは、認知症の予防リハビリでもあります。患者さんが65歳を超えていなければ、退院後は仕事に復帰するのがいちばん望ましいリハビリになるのですが、年齢などが理由で就労できない場合、この3つのポイントを実践すれば認知症も予防できます。これは、世界的な医学誌「ランセット」が発表している「自分で改善できる9つの認知症リスク要因」のうちの3つに該当するポイントでもあります。

 自宅でのリハビリをしっかり行えば、健康寿命を延ばすことにつながるのです。

酒向正春

酒向正春

愛媛大学医学部卒。日本リハビリテーション医学会・脳神経外科学会・脳卒中学会・認知症学会専門医。1987年に脳卒中治療を専門とする脳神経外科医になる。97~2000年に北欧で脳卒中病態生理学を研究。初台リハビリテーション病院脳卒中診療科長を務めた04年に脳科学リハビリ医へ転向。12年に副院長・回復期リハビリセンター長として世田谷記念病院を新設。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」(第200回)で特集され、「攻めのリハビリ」が注目される。17年から大泉学園複合施設責任者・ねりま健育会病院院長を務める。著書に「患者の心がけ」(光文社新書)などがある。

関連記事