後悔しない認知症

高齢の親の「対象喪失」状態を軽く考えてはいけない

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 認知症と診断されるかどうかにかかわらず、高齢者はそれまでの快活さを忘れ、急に塞ぎ込んでしまうことがある。たとえば、仲の良かった同世代の友人が亡くなったりすると、そうした状態に陥ってしまう。長年可愛がっていたペットの死でもそうなる可能性がある。いわゆる「ペットロス」である。

「対象喪失」という言葉がある。自分にとってかけがえのない存在が失われることをいう。年齢を重ねるとそうした機会が増えていくわけだが、高齢の親の対象喪失状態を「ちょっとボケた」とか「初期の認知症状」などと軽く考えてはいけない。

 長年連れ添った伴侶はもちろん、年齢の近い兄弟姉妹、あるいは最愛のペットの死によるショックは、高齢者に大きな心理的ストレスを与える。急激に気力が失われたり、心身ともに一気に老け込んでしまったりする。見過ごすと老人性うつに陥ってしまうことがあるから要注意だ。

 認知症と老人性うつが、初期段階において極めて似た症状が認められることは前にこのコラムでも書いた。両者には「物忘れ」「意欲の低下」など共通の症状が表れる。うつでは食が細くなり、眠りが浅くなるが、年のせいと思われがちだが、違うのだ。

 対象喪失が疑われる高齢の親に対して子どもは「よく眠れているか」「涙目になっていないか」「食欲が衰えていないか」など、注意して観察するべきだ。認知症は急に始まることはないが、うつは特定の時期から症状が出る。

 医学的には、うつが認知症発症の直接的な原因になるとは考えられてはいないが、もし高齢の親に対象喪失による心身の変化が見られるような場合には、速やかに専門医の診断を仰いだほうがいい。

■悲しみに寄り添う温かい言葉が大事

 認知症はともかくとして、老人性うつの場合は投薬によって大幅な改善が見られることが多い。仮に認知症や老人性うつと診断されなかったとしても、子どもは言動に細心の注意を払うべきだ。

「いつまでも悲しんでいりゃいいんだ」「いくら悲しんでも亡くなった人は戻ってこない」などの叱責や説得は逆効果だ。

「悲しいよね。気持ちは僕も同じだよ」「ともかく苦しまなくてよかったね」といった「寄り添いの言葉」で接するべきだ。対象喪失の状態から抜け出したいと一番感じているのは当の本人なのである。

 また、持病を抱えた高齢者の場合、対象喪失のショックによる心理的ストレスが病状を悪化させる可能性も否定できない。妻を亡くした後、元気を失った夫がほどなくして後を追うように亡くなってしまうことがある。介護施設に一緒に入所した高齢の夫婦のケースでもこうした例はしばしば見られる。

 あくまで想像の域を出ないが、先日肺炎で亡くなられた内田裕也さんのケースも、対象喪失の影響で免疫機能が低下した可能性は否定できないのではないだろうか。

「子どもが親より先に死ぬことほど親不孝なことはない」とよくいわれるが、子どもに先立たれることは高齢の親にとって大きな対象喪失といえる。煎じ詰めて考えれば、子どもがいつまでも元気で生きることが最高の親孝行といえなくもない。

 いずれにせよ、対象喪失に陥った高齢の親に叱責や説得は禁物だ。イソップ寓話「北風と太陽」が教えてくれるように、高齢の親がまとった悲しみのマントを脱がせるためには、北風のような冷ややかな言葉より、日の光のような温かい言葉こそが有効なのだ。

和田秀樹

和田秀樹

1960年大阪生まれ。精神科医。国際医療福祉大学心理学科教授。医師、評論家としてのテレビ出演、著作も多い。最新刊「先生! 親がボケたみたいなんですけど…… 」(祥伝社)が大きな話題となっている。

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