後悔しない認知症

快感が忘れれらず…買い物依存症の老親は愛情に飢えている

写真はイメージ
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 高齢の親が、家で不足してもいないものを買ってきてしまうことはないだろうか。購入品は麺つゆ、卵、ひげ剃り用の替え刃など、人によってマチマチだが、なかには、石油ストーブを買い込んでしまう高齢の女性もいた。

 そのほとんどが軽度認知障害、認知症の症状が認められる人だ。こうした「買い物依存」的な行動を読み解くと、背後に「日常生活において、自己愛が満たされていない」という状況が見えてくる。買い物に行けば、店員は親切な言葉、優しい態度で応対してくれる。「一度言われたことをすぐ忘れ」「思ったことを的確に伝える」能力が衰えても、相手は客だと思っているから、きちんと接してくれる。高齢者は、そうしたコミュニケーションによって、自己愛が満たされていると感じるのだ。

 笑顔で「ありがとうございました」と言われ、買うアイテムが着るものであれば、「よくお似合いですよ」と自分を機嫌よくさせてくれる。この快感が忘れられず、「買い物依存」に陥るわけだ。

 もちろん、同じものをいくつも買う行為の原因としては、老化による記憶の消失があることは間違いない。

 さらにこの行為の心理的背景として、ある特定のものに対する、その人の強い執着心がある。「麺つゆは便利だ」「卵は安くて栄養がある」「無精ひげはみっともない」といった強い思いが特定のものへの執着心につながっていく。

 石油ストーブを買い続けた認知症の女性は、新潟県出身だった。おそらく、寒さに対する強い警戒心が彼女をそうした行動に駆り立てたのだろう。認知症の場合、若いころに定着した記憶は消えないが、「同じものをすでに買ってある」という新しい記憶はすぐに消失してしまう。だから、同じ買い物を繰り返してしまう。

■そこに付け込む詐欺にも注意

 こうした「買い物依存」の対象が100円ショップの商品なら、まだいい。しかし、高額なものとなると経済的な問題も発生する。

 ちなみに、認知症によって「買い物依存」的傾向が看過できなくなった場合、成年後見制度を利用して「補助」「保佐」の認定を受けると、補助人や保佐人の同意がないと商行為が成立しないという法律もある。

 では、高齢の親の「買い物依存」を回避するにはどうすればいいのか。

 まず、親にメモ、日記、家計簿などに買い物の記録を残させるようにすることだ。あるいは、リビングの壁などに購入した物のリストを貼っておく。記憶の消失にすぐに改善が見られなくても、子どもが「読んでみて」と記録を読み直すように促してあげればいいのである。

 これをルーティン化することが脳を働かせる機会を増やすことにもつながっていく。

 そして、なによりも大切なことは、日ごろから親子のコミュニケーションを停滞させないことだ。それが高齢の親を機嫌よくさせ、自己愛を満たすことになる。理解力、表現力に衰えがみられても、子どもは受容してあげること。それが、高齢の親の「買い物依存」を回避する最善の策だ。

 昨今、高齢者を対象とした詐欺事件が後を絶たない。同じ高齢者が複数回被害にあうこともしばしばだ。これは、親子のコミュニケーション不足によって、自己愛が満たされない高齢の親の心情、そこから生じた「買い物依存」に付け込んだ犯人グループの新手の犯罪という見方もできなくはない。

和田秀樹

和田秀樹

1960年大阪生まれ。精神科医。国際医療福祉大学心理学科教授。医師、評論家としてのテレビ出演、著作も多い。最新刊「先生! 親がボケたみたいなんですけど…… 」(祥伝社)が大きな話題となっている。

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