独白 愉快な“病人”たち

17年に現役引退…今浪隆博さんが甲状腺機能低下症を語る

今浪隆博さん
今浪隆博さん(C)日刊ゲンダイ

 具合が悪くなったのは、引退する1年前の2016年でした。夏ごろから1カ月ぐらい、ちょっとダルい状態が続いていたのですが、「疲れがたまってきたかな。たくさん仕事させてもらってるからな」と考えていました。

 ただ、体調管理のために毎日量っていた体重が、0.1キロ↓0.2キロと微増し続けていたんです。通常は1試合で2、3キロ落ちるので、おかしいなとは思っていました。食事を抜いても一向に落ちない……後から考えてみると、むくんでいたんですね。

 そのうち、声がうまく出なくなり、しゃべるのがおっくうになりました。体全体のしんどさも増して満足な練習ができず、バットを持つのさえつらくなりました。スタメンの試合前の練習でも、ティーバッティングが3球だけで続けられなくなり、目立たないようベンチに座ってうつむいていたら、後輩に「ナミさん、最近おかしいですよね」と言われたんです。「ホント、オレは体力ねーなー」と思っていました。

 試合中も集中できませんでした。プロ野球選手は何万人もの観衆の中で生活をかけてプレーするので、ものすごく緊張感があります。なのに、気持ちが入らずボーッとして眠いんです。でも、夜、布団に入ってもしんどくてよく眠れない……。ただ、気負いがないのが良かったのか良い成績が残せていたので、深刻には考えていませんでした。

 さらに異変が起こりました。8月末に1週間ほど遠征に行った帰り、神宮球場で練習してから自宅に帰ろうとしました。ところが、自宅の最寄り駅に着いて電車から一歩降りたら、足が進まなくなってしまったんです。自宅まで歩いて7、8分なのに、駅近くのコーヒーショップで休んでからなんとか帰宅しました。

 すると、奥さんが僕の顔を見た途端、「どうしたの?」と驚いたんです。僕は毎日鏡を見ていたから気付かなかったのですが、顔がすごくむくんでいたんです。

 食事もとらずにベッドで休んでいたら、奥さんがネットで調べてくれました。「甲状腺機能低下症」の症状にドンピシャでした。そこで夜9時ごろ、一人でタクシーに乗って近所の救急外来へ向かいました。

 病院の受付では自分の生年月日さえデタラメを書いちゃったほどの状態でした。記憶障害の症状が出ていたんです。結局、夜中の2時ごろまで待たされ、血液検査を受けて甲状腺機能低下症だと診断されました。医師から「よくこれで仕事してたね」と言われてそのまま強制入院となり、点滴治療を受けました。

 でも、ドーピング検査に抵触するのではないかという心配や、試合に出場したい思いが強く、球団のかかりつけの病院へ紹介状を書いてもらってすぐに退院。そこで改めて診察を受け、チラーヂンという甲状腺ホルモン剤を処方してもらって自宅で休みました。

 その後1週間ぐらいで薬が効いてきたので練習を再開し、3週間で一軍に復帰しました。僕はそのシーズン、年間100試合出場を目指していたんです。

 正直、その頃もまだ深刻に捉えてはいませんでした。月1回、病院で血液検査を受け、処方された薬を毎朝食後に3錠飲むだけで体調は良かったですし、野球のほうも技術的にピークといえるほどで、「これから全盛期を迎えるんだ」と思っていましたから……。

 そのままシーズンが終わり、12月と翌1月の自主トレも問題なくこなし、春季キャンプにも参加しました。ところが、2月後半からオープン戦が始まると、また体調が悪化しました。でも、病院で血液検査を受けても数値的には問題なしなんです。

 休んだら体調は回復するので復帰し、成績はいいのにまた体調が悪くなり……その繰り返しが続きました。何とかしたいと別の病院を受診したり、メンタルトレーナーに相談してみたり、おはらいに行ってみたりもしました。でもどれも効果がなくて……。結局、「もうプロでやるのは厳しい」と諦めて、球団からの戦力外通告を受け入れ引退しました。

■うつと指摘されて治療していたら引退せずに済んだかもしれない

 引退後は病気の経験を生かして日本スポーツメンタルコーチ協会認定の資格を取り、プロ選手のコーチングや講演をさせていただいています。その中で出会った精神科の先生から、「うつだったのかもしれませんね」と言われ、腑に落ちました。実際、甲状腺機能低下症からうつになり、うつ病の薬で症状が改善する方もいるそうです。もし、うつと指摘されて治療していたら、引退せずに済んだ可能性もあったかもしれません。同じように苦しんでいる方には、自分を救ってくれるものを見つけるまで諦めないでほしいですね。

 僕の場合、見つけられなかったけれど、それも運。それに、病気になって引退し、まったく違う生活を始めたことがうつから回復するには良かったと思います。その後は体調も安定し、これまで接点がなかったいろいろな方に出会って視野が広がり、毎日、楽しいですから。

 医者から「甲状腺機能低下症とは一生、付き合うことになる」と言われています。でも、薬は長期間服用しても問題ないし、日常生活の制限は昆布を食べるのを避けることと水分をたくさんとることぐらい。不便はとくにありません。

 この病気は僕のような30代前半の男性には珍しいそうです。原因はよくわかっていないのですが、僕が発症して間もなく母親も発症したので、遺伝だったのかもしれませんね。 (聞き手=中野裕子)

▽いまなみ・たかひろ 1984年、福岡・北九州市生まれ。2007年、明治大からドラフト7位で北海道日本ハムファイターズに入団。14年にトレードで東京ヤクルトスワローズへ移籍した。ショートを中心にすべての内野を守れる器用さと、勝負強いバッティングで活躍した。17年に引退後はスポーツメンタルコーチや野球解説者として活動している。

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