近年、「拡張障害型心不全」という病気が注目されています。
われわれの心臓は休むことなく収縮を繰り返し、ポンプのように血液を全身に送り出して生命を維持しています。しかし、心臓が弱ってポンプ機能が低下すると全身の臓器に血液を十分に送ることができなくなり、息切れやむくみといった症状が表れます。これが「心不全」という病気で、そのままにしておくと、徐々に悪化して命を縮めてしまいます。
心不全には、心臓が縮まりにくくなる「収縮障害型心不全」と、広がりにくくなる「拡張障害型心不全」という2つのタイプがあり、超音波(エコー)検査機器の進歩によって、心不全の半数近くが拡張障害型であることがわかってきました。
拡張障害型はエコーで見たときに心臓がきちんと収縮しているため、これまで見逃されるケースも多かったのです。
心臓が広がりにくくなると、心臓の中に血液が入ってこなくなります。すると、血圧が高い状態が続いたり、不整脈を頻繁に起こすなど、心臓にちょっとした負担がかかっただけですぐに“お手上げ”になってしまいます。
拡張障害型の大きな特徴は「心臓の筋肉が線維化して硬くなる」ことです。本来、筋肉として働く心筋細胞が線維に置き換わり、収縮性を失って広がらなくなってしまうのです。線維化は、たとえば心筋梗塞が治癒していく過程でも起こります。機能しなくなった心筋細胞を線維化することで除去し、弱くなった部分を補強していくのです。ただ、線維化のされ方によってはかさぶたのような状態になって不整脈を起こす原因になってしまう場合もあります。
心筋細胞の線維化は、常に圧力を受ける心臓の壁が再生されることで起こります。しかし、それが筋肉に変わることはなく、範囲の決定などその詳細なメカニズムははっきりわかっていません。幼少期の発育不良などが要因になるケースもありますが、多くはウイルス感染がきっかけになって起こります。コクサッキーウイルス、アデノウイルス、C型肝炎ウイルスなどが心筋にも感染して心筋炎を発症し、それが慢性化して線維化を招きます。ほかに糖尿病が原因になるケースも少なくありません。
拡張障害型に対しては、決定的な治療法もまだ確立していないのが現状です。筋芽細胞シートを使って線維化してしまった心筋を元に戻す再生医療の研究が進んでいますが、すべてのケースに有効なわけではありません。一般的には、ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)やβ遮断薬といった心不全に有効とされている薬をうまく組み合わせて対処するくらいしか手だてがありません。バイパス手術などの治療を行っても、心筋が線維に置き換わっていってしまう状況を止められないのです。
■心筋が線維化する一因がわかってきた
先月、そうした現状を打破する手がかりになりそうな研究が報告されました。名古屋大学と国立循環器病センター研究所のグループが、心筋の線維化には線維芽細胞の細胞膜にある分子「メフリン」が大きく関わっていると明らかにしました。メフリンの減少が心筋の線維化を誘導して心臓を硬くしてしまい、拡張障害型の発症につながることがわかったのです。
これまではっきりしなかった拡張障害型の病態やメカニズムが解明されたとなれば、新たな薬や治療法の確立につながります。これまで決定的な手だてがなかった患者さんにとっては光明です。研究グループは、今後は動物を対象にメフリンを投与して心不全が改善されるかどうかを確かめる研究を進めていく予定だといいます。心筋をよみがえらせる再生医療とともに、今後の成果を大いに期待しています。
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