がんと向き合い生きていく

「治療には納得、でも通院が苦痛…」大腸がん患者の胸の内

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 以前、一緒に働いたことがあるT医師からメールが届きました。高校の同級生だったWさん(56歳・女性)の相談に乗って欲しいというのです。 メールはこのような内容でした。

「Wさんは、3年前にS大学病院消化器外科で大腸がんの手術を受け、現在も同大に通院中です。担当はY准教授で、手術もY先生だったそうです。2年経って、腹腔内のリンパ節に転移でがんが再発し、外来で化学療法中です。2カ月前には肝臓にも転移が見つかったといいます。Wさんはセカンドオピニオンをお願いしたいようですが、今の治療法には納得していて、Y准教授に診療情報提供書を書いてもらうのは頼みにくいようです。仕方がないので、私からの紹介とさせていただきました。まことに恐縮ですが、病状の詳細を知らない私からの紹介状を持たせました。先生にお会いして、ぜひご意見を伺いたいとのことです。勝手なお願いでお許しください」

 そして先週、Wさんが私のところに相談に来られました。Wさんは「時間を取っていただきありがとうございます。T先生からの紹介で受診させていただきました」と言って話し始めました。

 3年前、健診で便潜血反応が陽性となり、S大学病院消化器外科を受診して大腸がんが見つかったこと。Y准教授が手術を担当してくれたが、実際の執刀医は研修医であったこと。ステージは3期で、周りのリンパ節に転移があったこと。病理検査でras遺伝子は野生型ではなかったこと。手術後に再発予防の抗がん剤治療を行ったこと。CT検査で再発が分かり、抗がん剤治療を再開したこと。さらに肝転移が分かって、薬を変えたこと……。

 そしてこんな胸の内を明かされました。

「治療内容については、ガイドラインを見ても標準治療で納得しています。でも、通院するのがとても苦痛になりました。たくさんの患者が次から次へとやってきて、診察時間は2、3分です。ベルトコンベヤーに乗せられている気持ちです。みんなガマンしているのだから、自分の体のことなのだから、私もわがままを言ってはいけない……それは分かっています。でも病院に行く2、3日前になると憂鬱になって、それがここのところひどいのです」

■担当医との会話がほとんどないのでは

 Wさんは続けます。

「病院にはがん相談支援センターがありますが、とてもそんなところに相談に行く気にもなれません。私は図書館に勤めていて、仕事のことでも周りに迷惑をかけています。私、疲れてしまいました。先生は精神科医ではなく、内科医であることは重々承知しています。でも、がんの患者をたくさん経験されていると聞きました。こんな話をしてしまいすみません」

 私はWさんのお話を聞きながら、このまま自分が対応するべきか、精神科医に紹介すべきかを考えていました。多くの場合、直感で「この方は精神科で相談してもらったほうがいい」といった判断がつくものですが、今回は違うような気がします。Wさんは、大腸がんのことをしっかり勉強されていて、その情報も確かなもので感心しました。そして、おそらくY准教授との会話がほとんどないのだろうと思いました。

 約1時間、私はずっと聞き役でした。そして、「Y准教授に時間を取っていただいて、Wさんの話を聞いて欲しいと私から手紙を書いてみましょうか?」と尋ねました。すると、Wさんは「いえいえ、その必要はありません。親身になって聞いていただいて、いろいろ考えていただいて、本当にありがとうございます。だいぶすっきりしました。きっと私はがんの専門の先生に話を聞いて欲しかったのだと思います。治療は続けます。また来させてください」とのことでした。

「では、次の予定は3カ月後に入れましょうか?2カ月後ですか?」と私が言うと、Wさんは「2」と口にしてほほ笑まれました。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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