がんと向き合い生きていく

相談センターで「不安になるのは無理もない」と言われ…

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 Sさん(58歳・女性)は進行した婦人科がんで、これまで3年間、同じ病院で5回、入退院を繰り返し、現在も通院中です。そんなSさんがこんなお話をしてくれました。

 ◇ ◇ ◇ ◇ 

 手術後に抗がん剤治療を受け、その副作用で、吐いたり、髪の毛が抜けたり、手足がしびれたり、いろいろありました。それでも頑張ったかいがあってがんがコントロールされ、とても調子の良い時期が続きました。

 しかし、4カ月前から両下肢のむくみが強くなり、時々、下腹部に痛みが出てきました。担当医からは「再発した」と言われ、これまでの抗がん剤が効きにくくなったことから、別の抗がん剤に替えて経過を見ています。最近は食欲がなく、一日中、横になっていると「6回目の入院かな?」と不安に思ったりしています。

 通院の時は、「電車内で新型コロナがうつるのではないか」と考えてとても憂鬱になり、痛みのない時は病院に行くのを休もうか……と迷うこともあります。それでも抗がん剤を内服していることもあり、何かあったら入院させてもらうつもりで、我慢して通院しています。

 以前はもっと前向きに頑張れたのに、担当医から「今度は抗がん剤が効く可能性は低いかもしれない」と言われた時からとても弱気になり、もうダメかもしれないと思ったり、とても暗い気持ちになっていました。

 娘は3年前に高校を卒業して、自宅の近隣にある会社に就職しました。会社の許しを得てこの春から夜間学校へ通い、「介護福祉士の資格を取る」と張り切っています。でも、新型コロナの影響で学校へは通学できていないようです。私よりもずっと素直で、頑張り屋で、家事もよくやってくれる……娘には感謝しています。

 1年ほど前、娘とお付き合いしている男性が会いにきてくれました。その時、「くれぐれもよろしくお願いします」とあいさつしたのですが、最近、娘はその男性の話をしません。「別れた」とも言わないので、深くは聞いていません。ただ、もしかして自分のことが重荷になっているのかもしれない……という不安も感じています。

■娘には言えないことも話せる気がする

 先日、娘がクルマを出して、病院の定期診察に連れていってくれました。担当医からは「この前と状態は変わらないようです」と言われました。 診察の後、予約してあった「がん相談支援センター」に初めて寄ってみました。相談員の方は40代くらいの女性で、臨床心理士さんでした。

「先生から今度は抗がん剤が効く可能性が低いと言われたことで、とても不安です」

 そうお話しして、続けました。

「体の調子が悪いと、悪いことばかり考えます。コロナの影響で、この半年は娘の出勤が減って自宅で仕事をしていることが多いので、会社が潰れたのか……解雇されたのか……などと心配になります。私は時々、何のために生きているのか分からなくなるのです。それでも、それなりにしっかりした娘を残せたので、私の人生はこれでいいかとも思っています」

 マスク越しで表情はよく分かりませんでしたが、相談員さんは「お気持ちお察しいたします。そうですよね。病気のことで、不安になるのは無理もないと思います」と言ってくれました。「無理もない」という言葉をかけられ、何となくホッとしました。

 次回の婦人科診察の後、また相談に乗っていただくことになりました。相談員さんには、娘には言えないことも話せるような気がします。

 駐車場で待ってくれていた娘が、「長かったね。どうだった?」と聞くので、「大丈夫。変わりないって」と笑顔で答えました。娘は「これ、彼がくれたの」と言って、車内のフロントガラスにぶら下がっている小さなクマさんのマスコットを指しました。

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 自分が重荷になっているのではと感じていたSさんは、交際相手の話を聞けてうれしかったでしょう。クルマの中で、娘さんと2人でサンドイッチを食べて帰宅したそうです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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