進化する糖尿病治療法

がんの抑制に期待 古くて新しい薬「メトホルミン」に注目

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写真はイメージ(C)PIXTA

 最近、「古くて新しい薬」として改めて注目を集めているのがメトホルミンという薬です。

 糖尿病の経口治療薬のひとつで、肝臓からのブドウ糖の放出を抑制したり、インスリンの感受性を高めたりする作用があります。糖尿病治療薬としては歴史が古く、値段も安い。単剤では低血糖を起こしにくく、体重を落としやすい。特にメタボリックシンドローム型の太っている糖尿病患者さんには、良い薬です。

 かつてメトホルミンは「乳酸アシドーシス」という重篤な副作用が指摘され、市場から撤退した時期もありました。乳酸アシドーシスは、血中の乳酸値が上昇して代謝性アシドーシスを起こし、血液が酸性になった状態です。嘔吐、胃痛やみぞおちの痛み、食欲不振、意識障害があり、けいれんを伴うことも。一般的に予後不良で、早急な対応が必要とされます。

 しかしその後、イギリスの大規模疫学研究「UKPDS」で、2型糖尿病患者がメトホルミンで血糖コントロールの改善を目指すと心筋梗塞などの合併症のリスクが減少することが分かり、メトホルミンの有用性が再評価されました。

 乳酸アシドーシスを起こしにくいタイプのメトホルミンが登場したこともあり、現在では、欧米では2型糖尿病患者のファーストチョイスの薬とされています。

 日本では、ガイドラインで明確に「ファーストチョイス」とはされていませんが、ほぼファーストチョイスまたはセカンドチョイスで入ってくる薬です。

 メタボタイプにはファーストチョイスになることが多いですね。私の患者さんで言えば6~7割の人に使っています。

 DPP―4阻害薬という新しい糖尿病治療薬とメトホルミンの合剤も登場。これら2つの薬の併用で血糖コントロールがよりうまくいった例も報告されており、利便性が高まっています。

■腸内フローラにも関係

 メトホルミンが今注目を集めているのは、糖尿病以外の効果も研究で分かってきたからです。

 それは、がんのリスクを低くする可能性です。メトホルミンはインスリンを増やさず、肝臓などで「AMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ)」を活性化させ、がんの発症を抑制すると考えられています。

 AMPKは、細胞のエネルギーが低下している時にグルコースと脂肪酸の取り込みと酸化を活性化する酵素で、この活性化で代謝が良くなり、インスリン抵抗性が改善されます。

 また、がん化した細胞やウイルス感染した細胞などの殺傷・除去に関わるキラーT細胞「CD8」をメトホルミンが活性化させるという研究結果や、高血糖で過剰に産生されるミトコンドリア由来の活性酸素をメトホルミンが抑制し、がんや心血管障害などのリスクを下げるという研究結果も報告されています。

 糖尿病は膵臓がんをはじめ、さまざまながんのリスクを高めますから、メトホルミンがそのリスク低減に役立つなら、その意味は非常に大きいと言えます。

 また、10月に行われた日本糖尿病学会では、メトホルミンが腸内にすむ細菌叢「腸内フローラ」にも関係していることが発表されました。

 メトホルミンの服用で、腸内フローラに良い影響をもたらし、血糖値が低下するというのです。

 メトホルミンの注意点として、乳酸アシドーシスという副作用のリスクは低くなったとはいえゼロではないので、手術前や造影剤を使用する画像検査前後では、一時的に使用を中止すること。

 また、腎臓が悪い患者さんでは、薬剤の排泄が減少し、血中濃度が上昇する恐れがあります。特に腎機能が落ちている75歳以上の高齢の患者さんでは、メトホルミンの使用は慎重にならなければなりません。

坂本昌也

坂本昌也

専門は糖尿病治療と心血管内分泌学。1970年、東京都港区生まれ。東京慈恵会医科大学卒。東京大学、千葉大学で心臓の研究を経て、現在では糖尿病患者の予防医学の観点から臨床・基礎研究を続けている。日本糖尿病学会、日本高血圧学会、日本内分泌学会の専門医・指導医・評議員を務める。

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