がんと向き合い生きていく

患者と医者は運命共同体 医師の言葉で気持ちが明るくなった

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 今年の正月は、Kさん(64歳・男性)の家には誰も来ませんでした。前立腺がんの手術を受けてから2年、妻に先立たれているKさんは、テレビで箱根駅伝を見ながら、ひとりで過ごしました。

 娘と孫からは、「お正月は行けないけど今年もよろしくね」とスマホの画面越しに挨拶があっただけ。新聞で報じられている新型コロナウイルス、Go To、アメリカ大統領……などの記事を読みながら、Kさんは何かもっと明るい話題が欲しいと思いました。

 昨年暮れに幸先詣をしていたので神社に行くこともありません。それでも、「新年を迎えられたことはありがたいことだ」と思い直しました。手術後も大きな問題はなく、きっとこの分なら今年も春に桜を見ることができそうです。

 年が明けて4日は、2021年最初の診察日でした。通院しているP病院の入り口には、手の消毒の噴霧器があって、「明けましておめでとうございます。マスクの着用をお願いします。院内の滞在時間を極力短くしてください」という大きな掲示があります。

 朝食を取っていなかったKさんは、採血検査を終えると待合フロアの椅子に座り、マスクを顎まで下げて、売店で買ったサンドイッチを食べながら診察を待ちました。1時間ほどたって呼び出しがあり、Kさんは診察室に入りました。

 椅子から立ち上がった担当のB医師から、「おめでとうございます。お変わりありませんか?」と声をかけられ、Kさんは「おめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」と返事をして、血圧手帳を差し出しながら「変わりありません。血圧も安定しています」と報告します。

 そして、こんなやりとりがありました。

 ◇ ◇ ◇ 

B医師「今日の採血で、PSA(前立腺特異抗原)は0・03(ng/ml)でした。手術後、ずっと低い値で順調だと思います」

Kさん「ありがとうございます。尿漏れも少なくなり、特に不自由なく暮らせています」

B医師「ここの病院では採血検査をしていますが、すべてを検査しているわけではありません。今年も健診は必ず受けてください」

Kさん「はい。春にドックを受ける予約をしています。ところで先生、がんに対する免疫力を上げるためにキノコが良いと聞きました。田舎からシイタケがたくさん送られてきて、私は好きなのでたくさん食べています」

B医師「1種類の食品で免疫力が上がるということはありませんよ。食事に偏りなく、いろいろなものからバランスよく、まんべんなく栄養を取るのが体に良いのです」

Kさん「キノコから作った、副作用がない、がんの治療薬がありませんでしたか?」

B医師「ああ、あれね。以前、抗がん剤と一緒に使われたのですが、4年ほど前に発売が中止になりました。実際に効果がはっきりしなかったんですよ」

Kさん「そうだったのですか……」

B医師「食事だけでなく、適度な運動、歩くのも良いと思います。歩数計を持って歩いている人はたくさんいますよ。前立腺がんについては、こちらでしっかり管理します。何でも話してください。患者と医者は運命共同体だと、どこかの医師が言っていましたが、私もそう思います。患者さんの状態が悪くなると、私たち医療者も忙しくなります。今年も元気で過ごしましょう」

Kさん「ありがとうございます。また、よろしくお願いします」

 ◇ ◇ ◇ 

 B医師から「運命共同体」と言われたKさんは何だか急に気持ちが明るくなったように感じました。暮れから正月、話し相手もなくずっとひとりで過ごしてきて、仲間ができたみたいな気がしてうれしくなったのです。担当がB医師で良かったと改めて思いました。

 Kさんは2カ月後の診察を予約して、病院を後にしました。いつも帰りは病院の前からバスで駅に向かうのですが、駅まで歩いて帰宅しました。

 その夜、昔からの友人から新年の挨拶の電話がありました。担当医から「患者と医者は運命共同体」と言われたことを話すと、友人は「その医者に座布団3枚あげて」と大いに共感してくれました。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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