最期は自宅で迎えたい 知っておきたいこと

マニュアルがないからこそ、患者に合った策を共に学んでいける

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 入院から在宅医療に切り替え、患者さんが自宅に戻られたその日からご家族が一番戸惑うことといえば、「様子がおかしいと思った時、どの程度なら医師に電話をしていいのか。どのタイミングで連絡すればいいのか」ということ。私たちはいつも、「不安に感じたら、症状の程度に関係なく、いつでも電話してください」と患者さんやご家族に伝えています。

 よくあるケースが「退院早々、食欲が落ちてしんどそう」「退院翌日に熱が上がった」「咳がひどくなった」というもの。ご家族にしてみれば、なにか重大な病変なのではないかと心配されることはよく理解できます。日頃、気丈に振る舞っていた奥さまも、退院してきたばかりの夫が、しんどそうにしている姿を見れば慌ててしまうこともあるでしょう。

 そんな時、私たちはご家族の疑問に答えながら、症状を詳細に聞き出します。日頃渡されている薬を飲むよう指示をしたり、寝床の状態を確認し、「熱がこもっているから布団を少し薄くしてください」などの提案をすることもあります。

 その上で、もし緊急性がないと判断できた場合、そのまま電話でのやりとりで終わる時と、あえて往診に伺う時があります。それは私たちが伺うことで、ご家族と私たち双方にとって、共通した「学び」を得られることがあるからです。

 在宅医療では、最初から決められたマニュアルは存在しません。患者さんの状態はもちろん、患者さんやご家族の性格、考え方、価値観はそれぞれ違います。そんな患者さんやご家族の経験に寄り添いながら、どうすれば患者さんが心地良く過ごせるかを一緒に学んでいくのが在宅医療なのです。

 膵臓がん末期の81歳の男性は1人暮らし。努力家で実直な性格で、これまで電器屋さんとして働いてきた方でした。「今まで何でも一人でやってきた。これからもできることはやりたい。体がつらい時は助けてもらえるとありがたい。この家で最期まで過ごしたい」と私たちに希望を語っていました。

 担当するケアマネジャーさんは在宅看取りの経験がなく、当初は不安がっていたのですが、悩みながらも一緒に学び、在宅医療を開始して約3カ月後に、この患者さんを見送ることとなりました。

 そのケアマネさんが語っていたことが印象に残っています。

「患者さんが『最期はやっぱり病院で』と言った時はどうすればいいのか正直悩みました。でも、先生が話してくださったおかげで、やっぱり家にいたいという言葉を聞けました。きょうだいとは音信不通と聞いていたけど、2日前に弟と妹に連絡していたらしいです。ご本人にとって一番いい形で最期を迎えられたと思います」

 在宅療養を支えるさまざまなスタッフもいろいろな経験を一緒に乗り越えながら成長し、学んでいます。経験を積めば積むほど患者さんに示せる選択肢も増えます。在宅医療は本当に学びが多いのです。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

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