上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

外科医には心身の調整とコミュニケーション能力が欠かせない

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 若手医師への手術指導は、まず基本的な手技と局所解剖についての知識をしっかり習得できているかどうか点検するところから始まる。前回はそんなお話をしました。

 私がまだ若手だった時代、こうした技術や知識は日々の個人的な鍛錬はもちろん、実際の手術に立ち会った際に自分の目で見て必死に覚えたものです。しかし、今は映像ツールが進化していて、ビデオや動画サイトといった選択肢がたくさんあります。指導される側の環境はかなり恵まれているといえるでしょう。

 もっとも、そうした映像ツールの進化に合わせ、今度は“映像の中”で手術をする技術を学ぶ必要が出てきました。胸やお腹を切開して行う従来の手術に加え、カメラが付いた内視鏡を患者さんの体内に挿入して、モニターを見ながら処置をする鏡視下手術が増えているからです。

 切開して術野を直接見ながら進める従来の手術とは違って、頭を上げてモニター画面を見ながら行う鏡視下手術は「ヘッドアップサージャリー」と呼ばれています。この流れは今後ますます加速するのは間違いないため、今の若手にはバーチャル映像をうまく利用しながら技術や知識を習得することが求められます。

 また、鏡視下手術はモニターの解像度が4Kや8Kなど高くなればなるほど手術がやりやすくなるので、優秀な外科医を育てるためには、指導する側の医療機関がいかに優れた機材を揃えられるかが重要になってきています。

■指導者側にも判断力が求められる

 従来の手術での若手指導に話を戻します。基本的な手技と局所解剖の知識に問題がない若手はスタッフとして手術に参加させ、難しくない処置を実践してもらいます。

 このとき、執刀医としていちばん困るのは、若手が行った処置によって手術の長期耐久性が変わってしまうことです。たとえば、冠動脈バイパス手術でバイパス用の血管採取を任せたとき、最も耐久性が高い動脈の採取をうまくできなかったとします。すると、代わりに耐久性が劣る血管を使わなければなりません。

 もちろん、手術全体に大きな問題はありませんが、仮にそうした“失敗”があった場合、若手にはその先の処置はさせません。切ったところは縫ってリカバリーできますが、損傷=臓器の形を崩してしまったら元には戻せません。若手がそれをしっかり理解して適切な処置をできているかどうか、指導者側の判断も重要になってきます。

 こうした経験を重ねて課題をクリアした若手には、指導医が付いて執刀を任せる段階に進ませますが、その前に脱落してしまう若手もいます。プレッシャーに耐えきれず、習得しているはずの手技に支障を来して自分が考えているような動作ができなくなる、いわゆる「イップス」と呼ばれる状態になる。手術の前日になると緊張して眠れない。自律神経がコントロールできず手術に臨むと大汗をかいてしまう……。心と体、メンタルとフィジカルのコンディションをしっかり整えることができない若手は外科医には不向きと考えます。

 さらに、手術の現場に立ったときに周囲としっかりコミュニケーションをとれるかどうかも重要です。手術は外科医ひとりで行うわけではありません。助手、麻酔科医、技師、看護師といったチーム全体で臨むものです。いわゆる「ソロ手術」といわれる脳神経外科や眼科の顕微鏡下手術の一部以外は、手術中にタイミングを見ながら周囲に声をかけたり、逆に周囲の言葉にしっかり耳を傾けるなど、コミュニケーションが欠かせないのです。

 メンタルとフィジカルのコントロール、周囲とのコミュニケーションが問題なく実践できて、初めて外科医としてスタートラインに立てるといっていいでしょう。逆にそのどれかが欠けている医師は、チームによる手術を行う外科医には向いていないと判断できます。その場合、手術とは無縁の領域に進むか、ひとりでもできる開業医になるしかありません。患者さんの命を預かるわけですから、妥協は許されないのです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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