がんと向き合い生きていく

コロナ患者を診ているがん専門医からの便りで考えたこと

佐々木常雄氏
佐々木常雄氏(C)日刊ゲンダイ

 ある病院でがん診療をしているA医師から、こんなメールが届きました。

「先生! 30代の男性が車の中で亡くなっていたのが見つかり、PCR検査で陽性でした。男性の妻は感染して入院中で、NHF(ネーザルハイフロー=鼻から高流量の酸素を入れる装置)中です。少し良くなってきました。1歳のお子さんも入院させました」

 突然の夫の死……母と子は、これからどう生きていくのでしょうか?

 これまでがんを専門にしてきたA医師も、コロナ患者の診療で大変な苦労をされています。

 先日、こんな報道がありました。PCR検査で陽性判定された40代の男性は、同居中の両親がいる実家には戻らず、都内某区の勤務先でひとり過ごしていましたが、数日後、死亡しているのを家族が発見したそうです。

 保健所は複数回、男性に電話をかけ、連絡が取れなかったのですが、両親や警察には連絡せず対応を打ち切ったといいます。男性の父親は「行政は何もやらないんだから、もっと早く診てやってくれていれば」と語ったそうです。

 この男性の命は、本当に救えない命だったのでしょうか。コロナ感染での死亡は「昨日までは死ぬはずのない人の死」なのです。

 同じ某区に住む、ワクチン接種ができていない子供を小学校に電車で通わせている若い母親からのメールです。

「今度の変異種は空気感染かもしれないと言われます。今日は恐ろしいほどの暑さでした。この空気中にコロナウイルスがいる。穏やかな日常生活を願うばかりです」

 ただ、がまん、がまん、自粛、自粛、これが1年半以上も続いても先が見えません。ここにきて感染者が減ってきた? しかし、中等症、重症は依然として高い水準が続いています。

 9月9日、菅首相は「新型コロナとの闘いに明け暮れた日々だった。国民の命と暮らしを守る一心で走り続けてきた」と話されました。

 ウソつけ! と言いたくなります。首相は、政府は、国会議員は、本当の現場を知りません。明らかにコロナを見くびっていました。去年から「GoTo」に固執して、命よりも経済を優先させました。PCR検査をもっとたくさん行うように指摘されても、わずかしか増やしませんでした。

 国民の多くが中止・延期を望んでも、「国民の安心、安全」などと何十回も繰り返し、オリンピック・パラリンピックを開催しました。その期間中、感染者は全国で爆発的に増え続け、多くの命が失われました。政府は、オリンピックは関係ないと言いますが、間接的に人流を増やしたのです。新型コロナ対策分科会の尾身茂会長は「オリンピックをやるということが人々の意識に与えた影響はあるのではないか、というのは我々専門家の考えだ」と言っていたのです。

■五輪の仮設会場を療養施設にすべき

 そして今になって、病院が足りない、医療逼迫、とうとう重症以外は自宅療養……なんて東京都の小池知事は言い出しました。自宅療養って、これは家庭内感染を増やす、感染者を増やすことになるのですよ。それに感染者がひとりで自宅にいるのは危険です。

 さらに9月8日、小池知事は「素晴らしい成果を上げた東京大会のレガシーを生かし、ハードとソフトの両面で豊かな街づくりを進めたい」と話されました。小池さん、その前にやることがあるでしょう?

 コロナ感染者は、家族から離してすぐに診療できる療養施設=野戦病院が必要です。オリンピックが終わり、解体される予定の仮設会場、潮風公園、有明エリアの仮設会場など、何万人も収容できる施設がたくさんあるではないですか。それらを利用して、コロナ感染者が療養できる施設を造っておく考えはないのですか?

 もし、いまは感染者が減ってきたとしても、この冬に向けて、予想される第6波に向けて、準備しておくのです。それが無駄になったとしても、それでいいでしょう? むしろそれでよかったといえるじゃないですか。

 全国の警察が扱った8月の変死体のうち、250人がPCR検査で陽性だったといいます。政府は「ワクチン2回接種が50%を超えた」と発表しています。でも、9月15日の時点では、全国で自宅療養している陽性者は6万人に上るそうです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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