Aさん(43歳・男性)は悪性リンパ腫を患いましたが、幸いなことに初回治療でリンパ腫が消失。その後、半年ほど外来で6回の抗がん剤治療を受け、大きな問題なく終了しました。
その際、担当医とこんなやりとりがあったそうです。
「これまで治療のため2週間に1度通院していただきましたが、今後は2カ月おきの通院となります。間隔が空きますので、もし、風邪とか何かあった時は、近くのかかりつけ医で診てもらってください。これまでの経過を診療情報提供書に書いておきましょう」
「先生、私はかかりつけ医はいません。何かあったらこちらの病院に来ます。先生、診てくださいよ。お願いします」
「もちろん、何かあったら診させていただきます。でも、かかりつけ医がいた方が安心でしょう?」
「いやいや、こちらに来た方が安心です。病気が消えて、とても感謝しています。先生に会える間隔が長くなって少し寂しいです。家の近くには皮膚科と眼科はありますが、内科はあるかなあ?」 そして3カ月後、次回診察時にAさんはこう言いました。
「先生、いいことを思いつきました。先生が私のかかりつけ医だ。それで引き続きお願いします」
■「医療連携手帳」は普及していないのが現状
最近、新型コロナウイルスの感染拡大やワクチン接種に関連して、よく「かかりつけ医」という言葉を目にします。かかりつけ医とは、自宅の近所にあって、風邪をひいた時やあるいは高血圧などのいわゆる「持病」でかかっている、いつでも気軽に相談できたり診察してもらえる医師のことで、多くは診療所(クリニックなど)が担っています。
かかりつけ医がいることによって、地域の急性期病院は、紹介を受けた患者の専門的な検査や治療、そして救急の受け入れといった医療に特化することができます。このような連携体制を推進するため、病院では診療情報提供書を持参しない新患は、診察料の他に特別な料金を支払うシステムになっています。
地域の急性期病院では、「長い外来待ち時間」「外来予約がかなり先になってしまう」といった問題が解消され、より専門的な医療が可能になると考えられますが、現実には大きな病院ほど外来患者であふれています。
また、患者ごとに「かかりつけ医は○○クリニック」と決められているわけでもありません。普段、元気で過ごしている若い人は「かかりつけ医はいない」と答える方が多いと思います。日本における「かかりつけ医」というのは、とても曖昧なところがあるのです。イギリスでは、市民は診療所に登録して、診療所から病院に紹介されます。医療費は無料ですが、たとえば60歳以上は人工透析は行わないなど、受けられる医療にかなり縛りがあります。
日本のがん医療においては、がん拠点病院を退院する時に「医療連携手帳」を作り、その後の検査や診療といった専門的な医療のスケジュールが示され、普段の持病も含めて総合的な診療を行う近所のかかりつけ医と情報を共有しての連携体制を整備することにしました。東京都では、5大がん(肺がん・胃がん・肝がん・大腸がん・乳がん)と前立腺がんの連携手帳と、前立腺がんが疑われ、精密検査の結果、がんなしと診断された人を対象としたPSA手帳があります。
連携手帳の発行は、全国のがん診療連携拠点病院が中心になって行われ、病院と診療所の診療報酬も決まっています。しかし、拠点病院以外の病院では発行できないこと、他のがんでは使えないといった問題点もあり、十分に普及していないのが現状です。
いずれにしても、かかりつけ医とは、患者にとって安心につながる近所の診療所で、良好な関係を築ける医師であることが必要だと思います。かかりつけ医を探している人は、風邪をひくなどして近所の診療所で診察を受けた際、感じの良い医者であったら、「何かの時によろしくお願いします」と言っておくのも方法かと思います。
なお、2015年医学部卒業後の臨床専門医制度で、「総合診療専門医」という資格が加わりました。かかりつけ医を決める際の参考にするのもいいでしょう。