上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

自覚症状がない患者に納得して治療を受けてもらうために必要なこと

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 病気で治療を受けている患者さんは、さまざまな不安を抱えています。心臓手術を受ける患者さんも、当然ながら不安でいっぱいでしょう。

 たとえば、手術のために必要な全身麻酔は不安材料のひとつといえます。

 私は昨年11月、魚類からのアニサキスによる小腸閉塞を起こして1週間ほど入院し、技術的難度の高い小腸内視鏡検査のために全身麻酔を行いました。点滴を打ってそのまま寝てしまい、目が覚めたらすべて終わっていて何も覚えていません。

 普段の手術から馴染みがあるので、もちろん不安はありませんでしたが、中には、効きが悪くて途中で目覚めてしまうのではないか、そのままずっと目が覚めなかったら……などと不安に思う患者さんもいらっしゃいます。

 もっとも、近年はインターネットなどで情報を入手できたり、病院側が事前にしっかり説明することが当たり前になってきていることで、全身麻酔に強い不安を口にする患者さんは少なくなっています。

 やはり、“本番”の手術に対する不安がもっとも大きいのは間違いありません。近年の医療では、患者さんの不安を取り除き、納得してもらったうえで治療を行うという手続きはきわめて重要です。

 心臓手術の場合、多くは事前にしっかり診断したうえで計画的に行われる予定手術ですから、「インフォームドコンセント」は欠かせません。治療の詳しい内容、期待される結果や予後、起こり得る合併症やリスク、そのリスクに対し局面に応じてどのように対応するのかなど、医師が患者さんに十分な情報を伝え、丁寧な説明を繰り返します。そのうえで、患者さんとの間に信頼関係を築き、手術に臨むのです。

 事前説明の通りにすべての治療が完了すれば、患者さんの満足度は高くなります。そうした事例を積み重ねていくと、医師や病院の評判も上がっていきます。さらに、合併症を起こすことなく予定通りに患者さんが退院し、その分だけ新しい患者さんを受け入れることができるようになるため、収益面でも病院にとってプラスになります。患者さんにとっても病院にとっても有益な「WIN-WIN」の状態をつくることができるのです。これがとても重要で、そのためのスタートラインが「患者さんの不安を取り除く」ことといえるでしょう。

■治療に疑いを抱いている場合も

 患者さんが抱く不安の裏側には、「やらなくてもいい治療をやっているのではないか」という疑いの心がある場合も少なくありません。ですから、医療者側は「本当に必要な治療だから行っている」ということを患者さんに理解してもらわなければなりません。

 ただ、「本当に必要だからこの治療を行っているんだ」と、患者さんが納得できる客観的な根拠を示すのは簡単ではありません。医療者側からすれば、適切な治療を行うべき根拠はいくつもあるケースがほとんどでしょうが、医学的知識がそれほどない患者さんにしっかり理解してもらうのは大変です。

 そうした根拠の中で、いちばん信頼性が高く患者さんに納得してもらいやすいのが、「自覚症状がある」という状況です。さらに、その症状に対応する「診断」が確定していることも大切です。患者さんに何らかの自覚症状があって、しっかり診断がつけば、次の段階で「ガイドライン」が適用となります。ガイドラインには、どのような検査を行えばいいのか、状態に応じてどんな治療があるのかといった指針が書かれていますから、患者さんも客観的な視点から納得して治療の流れに入っていけるのです。

 一方、非常に難しいのが「自覚症状がない」「診断が確定しない」状態で治療を行うケースです。たとえば、早期がん疑いがそのパターンに該当します。心臓血管外科の領域では、心臓弁膜症の中の僧帽弁の腱索断裂が挙げられます。弁と左心室の壁をつないで僧帽弁を支えている腱索が傷んで切れてしまっている状態で、慢性心不全や突然死につながるケースもあります。しかし、最初からひどい息切れや動悸などの激しい症状が出る人もいれば、まったく自覚症状がない人もいるのです。

 症状に違いはあっても、同じ腱索断裂ですから治療が必要です。ただ、患者さんからしてみれば、症状がある人は手術を受け入れることができますが、自覚がない人はすんなり納得できないでしょう。

 患者さんが積極的に治療を受けようという心境になるのは、何らかの健康被害があるからです。被害はないが病気があるという人に対して、どのように診断・治療を進めていくか。ここが病院の誠意になってきます。納得してもらえるまで真摯に丁寧な説明を繰り返すのです。

 自覚症状のない患者さんが、本当に必要な治療が行われているかどうかを判断するには、セカンドオピニオンを活用するのがおすすめです。また、治療が必要になる前の早い段階で自分のコンディションを把握しておくことも大切で、身体的な余裕があるときに行う状況把握が、不安をなくして自分の身を守ることにつながるのです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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