在宅医療を利用する患者さんはさまざまな事情を持っています。病状や年齢によってもいろいろなケースがあり、すべての治療を在宅医療が担当する場合もあれば、ある部分は病院、ある部分は在宅、と分担する場合もあります。
最近、私たちの診療所で在宅医療を開始することになった90歳の男性。胃がんで、リンパ節転移があり、ここにきて肝臓への転移の恐れが出てきたとのこと。これまでは通院でがんから来る痛みを薬でコントロールしていたのですが、今後を考えるとADL(日常生活動作)の低下が予想されたため、在宅医療に切り替えることにしたのです。
長男には主治医の先生から、余命が数年だろうと告知されていました。しかし、患者さん本人は90歳とは思えないほど、ましてやがんを患っているとは思えないほど、しゃっきりとされています。ご自身も、介護の必要性を全く感じていない。
長男によれば、手術を受け、その後、抗がん剤治療を受ける予定でいたのですが、90歳という年齢を考慮し、長男をはじめご家族と主治医が話し合った結果、積極的な治療はせず、緩和に重きを置いて、となったとのこと。ただ患者さん本人は、もうちょっと頑張れるのにと、戸惑い気味のようです。
「一昨日に、手術も抗がん剤もしないってことになったんですよ。じゃあ何するのかってなったら、在宅医療がありますよって言われて。女房の時も最期は自宅で診てもらっていたから、どんなものかは、だいたいわかっていました」(本人)
「そうなんですね。今は何も自覚症状はないんですか?」(私)
「少し動くと息切れが」(本人)
「痛み止めは飲んでいますか?」(私)
「2日飲んだら強力すぎてかえって具合悪くなっちゃったのでやめたんです」(長男)
「そうなんです。びっくりしました」(本人)
在宅医療を開始してすぐ、私たちが意識するようにしたのは、ご家族と患者さんの不安と疑問は何か?いったい何を望まれているのか?
聞けば、セカンドオピニオンを受けられる病院も探しているご様子。
「まだ決まってないんですか?」(私)
「はい。妹とも相談して行こうと思っています」(長男)
「そうなんですね。今までの経過を教えていただいた感想として、普通なら手術もして抗がん剤もするケースなんですが、年齢が引っかかったのだと思いますね。年齢も人それぞれなので、元気な90歳もいれば積極的治療が難しい70歳もいるから正解はないと思いますが。いずれにしても病院によって方針が異なってくるので、私の方でもセカンドオピニオンの病院を当たってみましょう」(私)
その上で在宅でも輸血ができることを説明。がんの治療は主治医がいる病院もしくはセカンドオピニオンを受けた病院にゆだね、私たちはがんから来る貧血を診ていくという方針に決まったのでした。
このように、時に患者さんのご要望に添って、あえて一部だけをサポートする役割にまわる。そんな利用の仕方ができるのもまた在宅医療なのです。