がんと向き合い生きていく

治療ガイドラインはエビデンス=科学的な証拠を基につくられる

写真はイメージ
写真はイメージ

「その治療が効くって本当ですか? エビデンスはあるのですか?」

「その治療のエビデンスはないと思います」

 こんな会話を耳にすることがあります。

 エビデンスがあるのか、ないのか──。エビデンスとは「証拠」のことです。医療界では治療などが本当に有効かどうか、多くは臨床試験で検証され、その結果がエビデンスとなるのです。

 たとえば、進行した胃がんに対する化学療法は推奨されるかどうか、日本胃癌学会の胃がん治療ガイドラインから抜粋すると、以下のように記載されています。

「切除不能進行・再発胃癌に対する化学療法は、最近の進歩により高い腫瘍縮小効果(奏効率)を実現できるようになった。しかし、化学療法による完全治癒は現時点では困難であり、国内外の臨床試験成績からは生存期間の中央値はおおよそ6~14カ月である。癌の進行に伴う臨床症状の改善や発現時期の遅延および生存期間の延長が当面の治療目標である」

 じつは1990年代に、海外で以下のような臨床試験が行われていました。胃がんに対して抗がん剤治療は延命効果があるかどうかを明らかにするための臨床試験です。手術ができないほど進行した胃がん患者で、体の一般状態が悪くなく(まったく症状がないか、あってもベッドにいるのが1日の半分以下の状態)、抗がん剤治療の経験がなく、抗がん剤治療ができると判断された患者に対して、くじ引きで「抗がん剤治療をする群」と「抗がん剤治療をしない群」とに分け、どちらが長く生きるかを比較したものです。この試験が3つ実施されました。

 その結果、3つの試験とも生存期間の中央値は抗がん剤治療群が、治療しない群の約3倍の長さでした(有意差あり)。このようなくじ引き(ランダム化比較)試験で、3つの試験すべてが同じ結果になったことから、統計上、科学的に最も強い証拠(エビデンス)として抗がん剤治療が、無治療よりも延命効果があると証明されました。それ以降、進行した胃がんで抗がん剤治療を行ったことのない患者に対して、くじ引きで治療する群と治療しない群に振り分けるような比較試験は人道上も行われていません。

 ただ、これはあくまで統計上の結果で、個々の、その患者に本当に効くかどうかは、実施してみなければ分からないのは事実です。しかし以上のことから、胃がんに対して抗がん剤治療を行うことは、科学的根拠=エビデンスがあるとされたわけです。その後、胃がんに対して効果のある薬剤がどんどん開発され、どんな胃がんに対して、どのような薬が効果的かも分かってきたのです。

■どんな治療を受けるかは患者が決める

 エビデンスとして高いレベルとされるのは、信頼できる複数のランダム化比較試験(いわば、くじ引き試験)で同じ結果を示している場合です。次のレベルは比較試験のない研究結果があること、レベルの低いものとしては臨床経験に基づくものなどとされています。

 これらのエビデンスが「治療ガイドライン」の基となっています。担当医は、ガイドラインをベースにして患者に最も推奨する治療法を提示します。もちろん、患者個々の体の状態、年齢、リスクなどを考慮し、最も勧められる治療法を説明するのです。

 ガイドラインの作成にあたっては、多くは専門学会で組織された委員会で、複数の専門医が常に新しい文献を検索し、治療法として信頼できるものかどうかを検討しています。また、出来上がったガイドラインについて、エビデンスのレベルの評価が別の複数の専門医によって行われます。

 もちろん、個々の患者が受ける治療は、ガイドラインに沿うかどうかは問題ではなく、医師から説明を受けた患者自身が決めることです。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

関連記事