認知症治療の第一人者が教える 元気な脳で天寿を全う

「疲れたから」と部屋にこもりがちの老親に笑顔が戻った

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 脳の健康を考える時、「意・情・知」が大切だと、前回述べました。「意」は意欲、「情」は感情、「知」は知能になります。人間の精神活動の基本として、土台が「意」になり、その上に「情」、一番上に「知」が乗っています。

 認知症の母親を介護する男性からこんな話を聞いたことがあります。

「母親に『散歩とか、なんでもいいから体を動かした方がいいよ』と言っても、やろうとしない」

 男性の母親は、認知症と診断されるずいぶん前から部屋にひきこもりがちになり、そのうち明らかに認知症を疑う症状が出始めたそうです。

 脳の老化現象として最初に起こるのは、脳の司令塔である前頭葉の萎縮です。年を取れば病気をしていなくてもさまざまなところが老いていくように、認知症でなくても、正常な老化現象として前頭葉は萎縮していきます。

 前頭葉は意欲に関係していますから、前頭葉の萎縮によって、いろんなことが面倒になり、やる気が起こらなくなってくる。意欲がなければ、感情は動きませんし、知能を使う活動にも至りません。

 同じテレビを見るにしても、ドラマの内容にツッコんだり、クイズに参加して答えたり、どんな展開になるかとワクワクしながら見守ったりと、意欲的に見ているのと、ボーッと何も考えずに見ているだけでは違ってきます。

■意欲を刺激する声掛けを

 こんなケースもあります。A子さんの80代の母親の物忘れが多くなってきた。同じものを買ってきたり、探し物が多くなったり。A子さんが認知症を疑い、病院に連れて行くと、初期の認知症という診断でした。

 A子さんは母親の家の近所に住んでいるものの、仕事が忙しく、休日くらいしか母親の元を訪れることができない。もともと社交的ではない母親は、一人暮らしの自宅でボーッと過ごすことが多く、休日にA子さんが訪ねても「疲れたから」と寝てばかりいる。

「何かできることはないか。でも、仕事を辞めるわけにもいかない」と悩んでいたA子さんに、「じゃ、私が日中は家に遊びにいくようにする」と言ったのが、A子さんの娘でした。A子さんの母親からすれば、孫ですね。

 彼女は自宅でできる仕事をしており、比較的時間の融通が利く生活で、しかもおばあちゃん好き。時間を見つけてはおばあちゃん宅に通い、話し相手になり、またアルバムを引っ張り出してはおばあちゃんと一緒に眺めたり、昔の映画を見たりしていたそうです。

 すると、あんなに無気力になっていた母親の様子が変わってきた。食欲もなくなり料理もあまり作らなくなっていたのが、もともとは好きな料理を孫と一緒にするようになり、やがては得意料理を孫に教えたり、連れ立って買い物にも出かけるようになった。表情もびっくりするほど生き生きしたものに変わった。コロナ禍に入る前は、母・娘・孫の親子3代で近場の温泉旅行にも出かけたそうです。

 老化現象で前頭葉は萎縮しますが、アルツハイマー病も前頭葉機能がかなり落ちます。

 アルツハイマー病が最初うつ病と誤診されることがあるのは、前頭葉の機能が低下したからです。

 意欲の活発化は、認知症の進行を遅らせることにもつながりますし、認知症の予防にもなります。自らやるなら、楽しいと思えることを。楽しいことだからもっとやろうと思え、上手にできればうれしく、もっと上達したいと思える。老親などに勧めるなら、やはり老親が興味を示しそうなことを。

 出無精だった老親に「散歩しなよ」と声を掛けるだけでは意欲を刺激するところまでいかないかもしれません。「きれいな花が咲いているところを見つけたから一緒に行かない?」「ハンバーグを作りたいけど、どういうものを買えばいいかわからないから買い物に付き合ってくれない?」……。老親の心に響きそうな誘い文句をぜひ考えてみてください。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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