認知症治療の第一人者が教える 元気な脳で天寿を全う

認知症で「脳」が影響を受ける部分はほんの一部…95%は正常

写真はイメージ
写真はイメージ

 認知症になっても、ご家族も含めて、人生は終わりじゃありません。この連載でも繰り返し述べていることですが、とても大切なことなので、何度でも言います。「認知症で何もかもわからなくなるなんて、不幸だ。人生終わった」というのは、大きな誤解です。

 脳には、未知の部分がまだまだあります。認知症で影響を受ける脳の機能はほんの一部で、例えるなら95%ほどは正常です。認知症になっても、喜ぶ、楽しむといった感情、他人を思いやる気持ちなどは、これまでと同じです。大部分の正常な機能を生かして、認知症を発症した以降も、人生を楽しんでいけます。

 この連載の読者の中には、認知症の患者さんと触れ合ったことがない人が少なからずいるでしょう。認知症の患者さん、特に初期の人では、前情報なしに会話をすると、認知症と気づかないはずです。

 こんなケースもあります。ある男性は、一緒に働く父親が認知症を発症していたことを、何年も知らなかったそうです。

 その男性は、父親が起こした会社を継ぎ、父親は週に3回、出社。母親が経理を担当し、社員は男性の他、昔から働いている人が1人いるだけ。父親との会話の中で「この話、前もしたんだけど」ということが時々あったけれど、認知症とは思いもしなかった。仕事の話のやりとりも、それなりにできていたそうです。これは、認知機能の低下はあっても、長年の経験が知識として、そして対応力として残っているからです。

 そんな男性が、父親が認知症と知ったのは、母親が脳卒中で突然死したあとでした。「医者から聞いた話では、父親が認知症であることを、母親が周囲に黙っていたとのことでした。思い返せば、母親は父親をさりげなくサポートしていた」と男性。母親が突然死せず、そして「さりげないサポート」が続けば、男性が父親の認知症に気づくのは、まだ先だったかもしれません。

■初期の段階では本人が一番不安になっている

 認知症は、15~20年と長い経過をたどって進行していく病気です。徐々にできなくなることはあるでしょう。記憶や理解、判断に間違いが出てくるかもしれません。しかし「できなくなったこと」を、特に周囲の方は、ことさらにクローズアップしないでほしいのです。

 認知症の初期では、ご本人が一番「前はこんなふうじゃなかったのに、自分はどうしてしまったのだろう」と不安になっています。失敗しないよう、人に迷惑をかけないよう、敏感になっています。

 そんな認知症の人の行動に、周囲が一喜一憂したり、批判したり、拒絶したりすると、誰でもそうだと思いますが、落ち込んだり、不安になったり、イライラして人に当たったりすることがあります。それを周囲から見ると、抑うつや興奮、暴力といったBPSDと呼ばれる行動・心理症状が悪化したと判断されてしまいます。

 また、「認知症患者さんだ」という目で見ていると、すべての行動を「認知症だから」と捉え、なぜそういう行動に至っているのか、理由に思いを馳せなくなりがち。怒っているのは、実は熱があったり、お腹の調子が悪いなど、体調の問題がある場合や、認知症の薬の副作用だったり、正しい見立てが必要なのです。夜中に何度も目が覚めるのも、身体的問題から心理的影響までいろいろ考えられます。

 他に認知症の方に見られがちな徘徊。その背景には、家に帰りたい、体調が悪くてどこかへ行きたい、今いる場所が居心地がよくないなど、本人なりの理由があるのではないでしょうか。

 ケアの領域では、1人の人間として尊重し、その人の立場に立って考え、ケアを行おうとする考え方が重要視されます。本人の心の動きに思いを馳せずに、「出ていっちゃダメでしょ」「転んだらどうするの」などと家から出さないようにしたり、車椅子に抑制したりと、管理的に対応してしまう。そうではなく、なぜそういう行動に至ったかを考え、視線を転換してケアの方向を探してみてください。大切なご家族との大事な時間、穏やかな「いま」を保つポイントはここにあります。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

関連記事