上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

MICSを受けるなら1人の執刀医が集中して手術を行っている病院が望ましい

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 今年10月、日本心臓血管外科学会誌に掲載された論文で問題視された「MICS」(ミックス)による“死亡事故”は、知識や経験が不足した外科医による不手際が重なって起こった可能性が高い──。前回、そうお話ししました。

 MICSとは、従来の開胸手術のように胸骨を大きく切らず、内視鏡を使って処置する小切開低侵襲手術です。体の負担が少なく、順調にいけば短期間で退院できるというメリットがあります。私もMICSで済む病状であれば、こちらを選択したほうが患者さんにとって有益だと考えています。

 MICSは、しっかりした知識がある経験値の高い外科医が行えば、とても安全な手術です。いくつもの処置をいっぺんに行うような複雑な手術ではなく、基本的にはたとえば僧帽弁の修復なら僧帽弁だけ、といった単一手技で済むからです。しかも、そもそもMICSは、全身状態が良く病状もそこまで深刻ではない「ヘルシーペイシェント」に対して実施されます。MICSを受ける人の約95%は“元気な患者さん”なので、術後は元気になって当たり前といえる手術なのです。

 ただ、そうした「元気になるのが当然の低リスク手術」ということに外科医が甘んじて、心臓外科手術の基本である心筋保護をおろそかにして手術手技の継続を優先するような過信が生まれたり、逆に患者さんに「難しくない手術」だと説明してしまった手前、後に再発して再手術という展開にはしたくない、小切開で済ませたいから大きな切開に切り替えることは避けよう……といった意識が働くと、落とし穴にはまってしまいます。

 医療の一丁目一番地である「医療安全」の観点に立った手術の正しい進め方は、これまでさまざまな医師が実施した手術で起こったいくつもの小さな問題をしっかり学習し、「こうした状況ではこんな処置をしてはいけない」といった情報を共有して進めていく、というものです。しかし、今回の事故が起こった国立国際医療研究センター病院では、正しい手続きがきちんと機能していなかった可能性が高いと言わざるをえません。

 おそらく、今回の事故が起こる以前にも、施設内では術中の心筋保護が不十分なケースがあり、そのために一時的に止めていた心臓の血流を再開しても“立ち上がり”がいまひとつだった、といった事例があったはずです。そうした小さな問題に対し、なぜそうなってしまったのかという原因究明と、再発防止策をとってこなかったことが大きな事故につながった要因だと考えます。

 このような安全管理の不備は、患者さんに直接の大きな被害が出ない「ヒヤリ・ハット」の時点で解決しておくことで大きな事故を防ぐ効果につながることが明らかになっていて、いくら技術的に優秀な医師でも同様な対応が求められます。

■画像診断の支援が極めて重要

 じつは論文が投稿された心臓血管外科学会雑誌では、次号で学会の医療安全に強く関わったベテラン医師の総評が掲載されました。結果として通常の切開を用いた手術を施行していれば、死亡につながった心筋梗塞を引き起こす原因となったいくつかの問題は解決できていたはずといった結論で、海外の古い医師の発言や論文も引き合いに出していました。特筆すべきは術中録画の十分な検証が手術手技の安全性や確実性の検証に役立つという提言で、これには私も同感と感じた次第です。ただ、こうした総評は必ずMICSを安全・確実に行っている側の意見も同時掲載するべきで、学会雑誌の取るべき態度として不備があると感じざるをえませんでした。

 MICSのような低侵襲な手術は、ひとつ間違えると「大侵襲」になってしまうのが怖いところです。切開が小さくなれば、それだけ視野が狭くなるため十分な点検ができなくなります。行った処置を振り返るのが難しいこともあり、ほんのちょっとしたほころびが大きなトラブルになるケースが十分にあるのです。

 そうしたリスクを少なくするためには、画像診断の支援が極めて重要になります。今回のような傷んだ僧帽弁に対するMICSでは、術中の経食道心エコー(超音波診断装置)による心臓内部の観察が有用で、大動脈瘤に対するステントグラフト治療では、術中のCT確認を行うこともあります。今回の事故で仮にそうした手続きを行っていなかったとしたら、大きな問題です。

 患者さんがMICSを希望する場合、医療安全の手順をしっかり順守した医療機関で、経験値の高い外科医に手術をしてもらうのが身を守ることにつながります。まず、自分の疾患に対する症例数が多い病院で手術を受けるというのが大前提で、さらにMICSを行っている外科医が1人か多くても2人に集中していることが重要です。病院の中で何人もの外科医がMICSを実施しているというケースは望ましくありません。病院全体で症例数を増やすことが目的になっている可能性があるからです。執刀医を中心としたMICS専門のチームが集中的に多くの手術を実施する姿勢があるような病院なら信頼できるといえます。

 ですから、手術を決断する前の段階で、担当医に「MICSを執刀している外科医は何人くらいいるのか」「1人の外科医が年間で何件くらい手術をしているのか」といった質問をして、数字を把握しておくことが大切です。

 また、最初の診断があったクリニックから紹介された医療機関に行き、なんとなく説明を受けて手術をするというパターンは避けてください。患者さん側が該当する症例を十分に調べたうえで、自分がいいと思う病院をいくつかピックアップし、上から順番に説明を聞いて納得したところで手術を受けるというのが一番の近道といえるでしょう。大切なセカンドオピニオンの権利を使うことで、自ら安全な治療の方向性を見つけることができるのです。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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