柳沢先生!教えて!睡眠で知りたいこと全部聞いた(後編)「寝酒をするくらいなら睡眠薬を」

柳沢正史氏
柳沢正史氏(C)日刊ゲンダイ
良い睡眠薬、悪い睡眠薬

 ──睡眠薬の飲み方についても教えてください。今3タイプあるんですよね? 不安を和らげ、眠りをもたらす脳内物質GABAの働きを強める薬、脳を夜モードにするメラトニン受容体に作動する薬、覚醒に必要な脳内物質オレキシンの働きを抑制する薬。自分にはどれが向いているのか?どう飲むべきかってありますか?

 ありますね。今、それの考え方が急速に変わってきているんです。3つのカテゴリーの中でGABAに作用する薬にはハルシオンやマイスリーなどがあり、一番古典的です。この類いの睡眠薬はよく効くんですけど、問題は耐性、依存性があること。薬をやめると逆に不眠が強くなる反跳不眠があること。これらが問題なんですね。

 ──どう気をつければよいのでしょうか?

 だんだん飲む量が増える、夜になると睡眠薬を飲まないと不安でしょうがない、そういう症状が出ていたら気をつけた方がいい。一定量飲めば眠れる、量を増やさずに満足な睡眠が確保できるのであれば、あまり問題はありません。

 ──オレキシンは柳沢さんが発見した物質ですよね? どんな物質で、それを抑制する睡眠薬はどうなのでしょうか?

 私が発見したオレキシンとは安定した覚醒を続けるために必要な脳内物質です。その働きを抑えるオレキシン受容体拮抗薬が開発された。それが新しいタイプの睡眠薬です。ベルソムラ(メルク)、デエビゴ(エーザイ)などの商品名で処方されていますが、これらの薬の良いところは依存性、耐性がない点です。反跳不眠もありません。いい意味で卒業できる睡眠薬です。必要な時だけ飲む頓服利用が可能で、飲まないでも大丈夫となれば、量を減らして卒業できる。そこが良いところなんですね。

 ──だとすると、GABAの働きを強めるハルシオンやマイスリーなどよりオレキシン拮抗薬の方が体に良さそうですね?

 はっきり言って、オレキシン受容体拮抗薬の方が良いです。ただ、長くマイスリーを飲んでいる方が、いきなりぱっと切り替えると反跳不眠が起きることが多いんですよ。非常にゆっくりマイスリーの量を減らしていかないといけない。

オレキシンのモデル
オレキシンのモデル(C)日刊ゲンダイ
圧倒的に多いのは悪い夢。その理由は?

 ──オレキシン受容体拮抗薬は悪夢を見る副作用がありませんか?

 ええ、最初は夢を見ます。なぜかというと、オレキシン受容体拮抗薬は夢を見るレム睡眠を増やすからです。逆にマイスリーの類いは薬理学的にレム睡眠を減らす効果があります。レム睡眠というのは睡眠の中にありながら大脳皮質が活動状態になっている。だからといって、レム睡眠が浅い睡眠というわけではなく、レム睡眠も睡眠としては深いのですが、大脳皮質が動いているので、それが夢になる。一方、マイスリーの類いは脳全体を抑えつけて抑制する薬なのでレム睡眠は減るのです。

 ──レム睡眠で悪い夢を見ても、深く眠れているわけですか?

 ここ5年くらいですけど、レム睡眠がものすごく大事だということが分かってきました。怖い疫学結果も出てきて、レム睡眠が少ない人は寿命が縮まるんですよ。認知症のリスクが上がるという論文も出始めています。レム睡眠は減らしてはいけないのです。だからその意味でもオレキシン受容体拮抗薬はレム睡眠を増やすので、良い薬です。夢見が多くなるって言いましたけど、夢を見ること自体悪いことではありません。たとえそれが悪い夢であっても。

 ──悪夢は悪いことではない?

 そもそも、「どんな夢を見ましたか」と聞くと7、8割は悪い夢なんです。ポジティブな夢は少ない。なぜ夢を見るのかについては、諸説あります。私が説得力があると思っている仮説は昼間遭遇するようなストレスフルなシチュエーションを睡眠の中で予行演習しているという仮説です。実際レム睡眠が多い方がストレス耐性が上がるという実験結果や論文もあります。ですから、レム睡眠で悪夢を見るのは悪いことではない。レム睡眠中は脳の中の感情に関与する神経回路が非常に活発に働くので、感情的になるのです。その感情の揺れみたいなものがストレス耐性を高めるという学説があって、説得力があると思っています。

 ──基本的に睡眠薬は飲まないに越したことはないんですか?

 そんなにこだわる必要はありません。睡眠薬は害薬だと思っている日本人が多いのですが、睡眠薬の代わりに寝酒を飲む方がはるかに悪い。寝酒をするくらいなら睡眠薬を飲んだ方がいい。

 ──なぜ、寝酒はダメなんですか?

 アルコールにはまさにマイスリーと同じ類いで、不安を和らげる脳内物質の活動を促進する作用があって、脳全体を鎮静する作用がある。酒をある程度以上飲むと眠くなるのはそのためです。だけど、寝入った後の睡眠の質はガタガタなんですね。なぜかというとアルコールはアセトアルデヒドになって、やがて酢酸になります。このアセトアルデヒドは交感神経を活発化させ、むしろ覚醒に働く。だから心臓もドキドキするし、寝入っても睡眠の質が悪くなる。深酒すると数時間で起きちゃうでしょ。で、もう一回眠れなかったりする。それはアセトアルデヒドのせいです。

ブルーライトよりSNSが睡眠に影響
ブルーライトよりSNSが睡眠に影響
睡眠負債は返せるけど貯金はできない

 ──睡眠薬を飲むと、忘れっぽくなるとか認知症になるとかはどうなのでしょうか?

 それは今まだ議論しています。長く睡眠薬、特にGABA系を飲んでいる人は認知症のリスクが高くなるという疫学データは複数あります。しかし、その因果関係は分かっていない。そもそも認知症の前段階に睡眠障害や不眠がある。そういう人が睡眠薬を飲みやすいということもある。因果関係でどちらが先か分からない。まだ決着がついていません。

 ──そのデータはベンゾジアゼピン系(ハルシオンなど)でも非ベンゾジアゼピン系(マイスリーなど)でも変わりませんか?

 変わらないです。非ベンゾジアゼピン系もベンゾジアゼピン系も薬理学的には一緒です。

 ──寝不足を解消するために寝だめはできないんですか?

 できません。睡眠不足は借金みたいなもので、だから睡眠負債と呼ぶのですが、眠ることによって、負債を返すことはできても、人は必要以上に眠れないので貯金はできないのです。また返すにしても数日かかる。週末の寝だめだけで貯まった睡眠負債は返せません。

 ──寝る前にスマホを見るのはダメですか?

 スマホに関しては最近たくさん論文が出ています。よくスマホのブルーライトが良くないといわれますがスマホよりも住宅の照明の方がよっぽど光量が多い。日本の住宅は明るすぎる。こちらの方が問題です。たとえば、雰囲気の良いレストランはかなり暗いでしょう。その方がリラックスするし、食事がおいしくなるんです。欧米の住宅は日本に比べてすごく暗いです。天井にライトがついていない家も多くて、スタンドや間接照明が主流です。暗い所で本を読むと目が悪くなるというのも都市伝説で嘘です。

 ──寝る前にスマホを見てもそれほど問題はないんですね?

 明るい光は睡眠に良くありませんが、光に関してはスマホよりも住宅の明かりを暗くしましょうと言いたいです。その方がリラックスできるし、体内時計が遅れるリスクを回避できます。スマホの光量は大したことはないので、光自体を気にする必要はありません。

 ──それよりも、LINEのやりとりとか?

 若者を対象に夜の生活習慣と睡眠時間を調べた論文がありました。テレビはただ見ているだけの受け身なので、睡眠を阻害しなかったのに対し、SNSは能動的なので影響が出ました。能動的に、インタラクティブにクリックし続けると、ドーパミンが睡眠を促進する神経細胞をブロックし、眠くならなくするのです。

 ──寝る子は育つとか、寝る子は勉強ができるというのは本当ですか?

■寝る子は勉強ができる

 本当ですね。寝る子が勉強できるのはありとあらゆるデータが出ていて、明らかに睡眠時間が短い子は成績が悪いです。皆さん、テスト前になると付け焼き刃で勉強するんですけど、その結果、どんどん睡眠時間が減って、付け焼き刃の成果も上がらないというデータが出ています。

 ──眠らないと記憶が定着しないからですか?

 まさにそうです。また計算のパフォーマンス、集中力も落ちます。

ぼーっとしている時間も大事
ぼーっとしている時間も大事(C)日刊ゲンダイ
世界的な発見ができる学者はここが違う

 ──そういうことを知っていれば、勉強法も変わってきますね。最後に柳沢さんのように世界的な発見ができる人というのは、一体どこが違うのでしょうか?

 24年いたテキサス大学の師匠で、ジョセフ・ゴールドスタイン先生とマイケル・ブラウン先生という方がいます。お2人ともノーベル賞学者ですが、イソップのキツネとハリネズミの物語のことをおっしゃっていました。キツネはいろんなことをまんべんなくよく知っていて博学、ハリネズミは自分の得意分野はすごくよく知っている。良い科学者であるためにはキツネであると同時にハリネズミでなくてはいけないと言うのです。医学だけでなく、サイエンス全般に関して博学でなければならない。狭い専門領域だけを知っているのでは良い研究はできないのです。なぜなら、研究って舵取りの連続なんですね。どっちの方向に進むか、どっちのプライオリティーが高いか。正確に判断できることが重要です。その判断の際に、さまざまな分野のことを知っていると、何が大事なのかが見えてきます。

 ──キツネであるために努力されていることはありますか?

 自分の領域だけではなく幅広く論文を読んでいます。何もしないで、ぼーっとしている時間も大事にしています。マイケル・ブラウン先生は「いいアイデアはヒゲを剃っている時に思いつく」と言っていました。ぼーっとしてるじゃないですか、ヒゲを剃っている時って。僕は温泉好きなんで、近くのスーパー銭湯に行く。そこで、ぼーっとしています。心理学でデフォルトモードと言うのですが、特別に何かをやっていない時の脳の働きが注目されています。

▽柳沢正史(やなぎさわ・まさし)筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構長。1960年5月生まれ。睡眠覚醒を制御する神経伝達物質オレキシンの発見者。米科学アカデミー正会員。紫綬褒章、朝日賞など受賞多数。

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