アスリートの快眠術

ダービージョッキー藤田伸二さんはなぜ、睡眠導入剤に頼らなくてはいけなくなったのか

藤田伸二氏(50歳・元JRA騎手)
藤田伸二氏(50歳・元JRA騎手)/(C)日刊ゲンダイ
藤田伸二(50歳・元JRA騎手)

 JRA(日本中央競馬会)所属の騎手に騎乗予定があるときは競馬場の調整ルームに泊まる。俺が騎手になったばかりの頃(1991年)は前日の正午までに入室しなければならなかった。午後3時、4時、6時と緩和され、今では9時までに入ればOK。遅刻すれば制裁点の対象になる。

 調整ルームといっても3~5階建ての立派な建物だ。寝泊まりする部屋の他に、24時間飲食できる食堂、サウナ付きの入浴室、麻雀などができる娯楽室もある。部屋は6畳から8畳。冷暖房、テレビ、バス・温水洗浄便座付きトイレが完備されている和室と洋室がある。

■調整ルームではマットレス3枚

 俺は自宅ではベッドで寝ているが、全国10競馬場の調整ルームでは和室に布団を敷いて寝ていた。畳なら部屋に戻ったときにすぐに寝転がれるし、やっぱり日本人だから和室の方がリラックスできる。煎餅布団よりクッションが利いていた方が熟睡できるので、身の回りの世話をしてくれる施設のおばちゃんにはマットレスを3枚敷いてもらっていた。

 昔は騎乗前にアルコール検査がなかったから、食堂で大酒飲んだし、朝の4時まで飲みながら麻雀をやったこともある。騎乗がメインレースだけのときは、夜通しでゲームをやったり、DVDを見ていたこともあった。1レースから騎乗するといっても子供じゃあるまいし、夜の8時や9時ごろ布団に入るわけにはいかない。酒を飲んでからマッサージを受けたり、枕の下に電動マッサージ器を置いて照明を消すと、短時間で眠りに落ちた。

 こんな俺でも結構ナーバスな面もある。ゲートを出たら斜行せずにまっすぐ走らせることができるか、1歩目に隣の馬の邪魔をしないか……。そんなことばかりいつも考えていた。

 人に迷惑をかける騎乗は大嫌いだから、25年も騎手をやって斜行などによる騎乗停止はたったの4回。フェアプレー賞(年間30勝以上と制裁点数10点以下)は歴代最多の19回。同30勝以上、制裁点数0のベストフェアプレー賞は2回。GⅠ17勝も勲章だが、最多のフェアプレー賞も誇りだ。武豊さんだって11回しか取っていないんだから。

 睡眠といえば長い間、薬の世話になっている。俺は閉所恐怖症からパニック障害になった。今も電車や飛行機は苦手だ。

■新幹線は緊急停止、飛行機は滑走路からスポットへ逆戻り

 あれは2003年のダービー前日のこと。中京でのレースが終わり、新幹線のぞみで名古屋から東京へ移動しているときだ。グリーン車の窓側に座ると、隣には太ったオヤジがいた。その圧迫感で息苦しくなり、車内をウロウロしていたらいよいよ息ができなくなってきた。

 車掌に状態を説明したら、のぞみは小田原で緊急停止。俺は(武)豊さんと松永(幹夫・現調教師)さんに抱えられ病院へ直行し、精神安定剤の注射を打った。それからパニック障害になり、20年以上も精神安定剤を毎日飲んでいる。

 海外へ行くとき飛行機に乗ると「ガタン」とドアが閉まる音がやばい。あの音を聞くと「もう10時間以上も外へは出られない」という不安から心臓がバクバクしてくる。耳栓したりDVDプレーヤーを見ていたが、ある日息が苦しくなってどうにもならず客室乗務員に事情を説明し、滑走路からスポットへ引き返したこともある。主治医に相談したら「寝てしまった方がいい」と言われ、睡眠導入剤を処方してもらっている。搭乗前にこの薬を飲めば30分ぐらいで眠くなるが、誰かに起こされるまで寝ていたことはないね。海外でも香港などの近場や国内移動のときは飲まない。

 今年で50歳。寝つきが悪くなってきた分、目覚めもよくない。ぐっすり眠るには体力が要ることを実感しているよ。

▽藤田伸二(ふじた・しんじ) 1972年、北海道生まれ。91年JRA騎手デビュー。92年エリザベス女王杯、96年日本ダービーなどGⅠ通算17勝を含む重賞93勝(JRA通算1918勝)、フェアプレー賞19回、2015年9月引退。

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