漢方と鍼灸で健やかな眠りをつくる「まず心が眠り、ついで身体が眠る」

天野陽介氏(C)日刊ゲンダイ

 私たちが睡眠を取る目的は、心と体を休めてリフレッシュすることです。実際に昼間の活動力はその睡眠に支えられていると言っても過言ではありません。

 東洋医学の古典には、「まず心が眠り、ついで身体が眠る」という考えがあります。眠るためには、まず心が安らかになって休眠し、そして肉体が眠っていくと考えているわけです。およそ1400年前の書物に記されている言葉ですが、睡眠には心の睡眠と肉体の睡眠があるという観点からとらえても、その人体観察の奥深さには感心してしまいます。

 良い眠りのためには生活リズムを整え、心と体の緊張を解き、気持ちを落ち着かせることが必要です。しかし、日々の生活を送る中で生活リズムを乱し不眠に陥る人もいることでしょう。

 そんな不眠を改善し睡眠の質を高めるために、東洋医学では次のようにアプローチします。

不眠のタイプ別に6パターンの処方がある
漢方

 漢方薬では、不眠のタイプ別に6パターンの処方があります。

 まず神経質でイライラしたり、心がざわついて落ち着かず、寝つきが悪い場合は抑肝散。さらにイライラしやすいことに加えて、ストレスで食欲がなくなるなど消化器症状を伴う場合は抑肝散加陳皮半夏。ストレスによるイライラ、不安・抑うつで眠りが浅く、ささいなことでも気になって気持ちがふさぎ込み、夜中に目が覚めてしまう場合は柴胡加竜骨牡蛎湯。そして貧血ぎみで血色が悪く疲れが取れにくい場合は加味帰脾湯。中年期以降の方に多くみられるのが、いわゆる「寝る体力」が低下し早く起きてしまうことです。疲れやすくて手足や腰から下が冷え、夜間にトイレへ行くことが多い。そんな場合は八味地黄丸か、同じような症状で冷えが軽度な若年層には六味丸などがあります。

ツボにお灸でセルフケアを(C)日刊ゲンダイ
鍼灸

 鍼灸では次のようなツボを使っていきます。

 働き過ぎなどで疲れているのに気持ちが落ち着かず、寝つきが悪く夢をよく見る時などには、足の内くるぶしとアキレス腱の間にある太渓、手首の手のひら側の真ん中にある大陵などのツボ。セルフケアでは、太渓には薬局などで売っているお灸を左右に1日1つ程度するとよく、大陵は軽く揉みほぐすとよいでしょう。

 ストレスやイライラなどがあり、胸や腹が張った感じがする場合は、足の親指と人さし指の間にある行間や、足の甲の真ん中あたりで足の親指と人さし指につながる骨の間にある太衝というツボなどを用います。セルフケアでは、この場所を5秒程度、気持ちいい程度の強さで押すことを3セット行うとよいでしょう。

 ぐっすり眠れない、朝早く起きてしまうなどは、いわゆる寝る体力が不足している状態で、疲労などにより気血が不足している時に起こりやすいです。

 倦怠感、息切れ、食欲不振などを伴う場合は、足の内くるぶしから指4本分上の所にある三陰交、スネの小指側の面で膝のお皿の下のくぼみから指4本分下の所にある足三里、手首の手のひら側のシワの真ん中から指3本分腕側にある内関などを用います。セルフケアではこれらのツボにお灸を1日1つずつするとよいでしょう。

「養生訓」では1日に1回のマッサージを推奨(C)日刊ゲンダイ
ツボ押し

 江戸時代の儒者であり本草学者や教育者として著名な貝原益軒が晩年に健康と長寿を保つための養生法を易しく記した「養生訓」という著書があります。

 東洋医学にも精通し自身もその養生法を実践したおかげか、江戸時代ながら85歳という長寿を全うしています。

■江戸時代の儒者、貝原益軒の教え

 貝原益軒は「養生訓」で、食べたものが消化しきらないうちに眠るのは元気を損なってしまうと注意しています。これは今にも通じる食生活指南です。普段から食べる量はほどほどにし、布団に入る頃には消化が終わっているような時間帯(就寝2~3時間前)に夕食を取るとよいですね。

「養生訓」では、1日に1回のマッサージが推奨されています。自分自身で行ってもいいし、だれかにしてもらってもいい。自分自身で行うには左側は右手を使い、右側は左手を使うなど、細かく手順が解説されています。

 具体的に挙げましょう。頭のてっぺんにあるツボの百会に始まり、頭の前後→頭の左右→両眉の外→両眉の眉じり→鼻の両側→両耳→両耳の後ろ→うなじの両側。続いて肩→肘→腕→指。そして背中や腰、胸、腹をなでてから、もも→膝→すね→ふくらはぎ→足のくるぶし→足の甲→足の指→足の裏という具合に、順番に揉むものです。気持ちいい程度に揉んだりなでたりしていくとよいでしょう。体がほぐれるとともに、気持ちも落ち着いてきます。

 良い眠りのためには心と体の緊張を解き、気持ちを落ち着かせることが重要です。その気持ちが「落ち着く」先は下腹部にある臍下丹田であり、これを「気を下げる」ということもできます。

 逆に、気持ちが高ぶっている(アガっている)というと、ソワソワ・ザワザワした気持ちや、イライラ・カッカした状態のことで、これでは眠りに落ちていけないわけです。そればかりでなく、このような状態が日常的になれば、首肩こり・頭痛、耳鳴り、上背部のこり感、胸苦しさ・胃の不快感などが生じやすくなります。

 これを「気が上がっている」といい、足腰のだるさや、足の冷えなどが加わることもあります。

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 さて、ここまで睡眠のための漢方処方やツボに関してご紹介してきました。漢方薬局では漢方薬の知識を備えた薬剤師がいますし、東洋医学も交えた治療を行う医療機関も多数あります。専門家の手も借りながら、東洋医学を上手に利用し、健やかな眠りを手に入れてください。

▽天野陽介(あまの・ようすけ) 現職のほか、北里大学東洋医学総合研究所医史学研究部客員研究員も務める。日本伝統鍼灸学会、東亜医学協会、全日本鍼灸学会、日本医史学会、日本東洋医学会所属。

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