認知症治療の第一人者が教える 元気な脳で天寿を全う

アルツハイマー病の薬「レカネマブ」は夢の新薬と言えるか?

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 11月29日付の米医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に、アルツハイマー病の新薬「レカネマブ」に関する論文が掲載されました。レカネマブは、製薬会社エーザイと米バイオジェンが開発中の薬になります。

 アルツハイマー病の原因物質とされるのが、アミロイドβです。正常な脳にもあるタンパク質ですが、これが何らかの理由で作り出される量が増えたり、性質が変異して分解されにくくなったりすると、脳の神経細胞の周辺に沈着し、神経毒として働くようになります。結果、神経細胞を死なせてしまい、海馬を中心とする脳が萎縮して、やがてはアルツハイマー病に至るのです。

 レカネマブは、このアミロイドβの除去を目的とする薬です。沈着したアミロイドβは塊となってシミのような「老人斑」を形成するのですが、この前の段階で、人工的に作った抗体と結合させて神経細胞が死滅するのを回避しようとするもの。

 アルツハイマー病の進行を抑える効果が期待されています。

 エーザイと、東京大学やエール大学などの研究グループが「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン」に発表した内容によると、臨床試験は日本、北米、欧州、アジアの235の医療施設で早期アルツハイマー病と診断された患者1795人を対象に実施。男女差はほぼ同数で、平均年齢は72歳でした。

 1795人中898人に新薬レカネマブを投与、897人にプラセボ(偽薬)を投与。投与のスパンは2週間に1回で、静脈注射です。18カ月後に、認知機能や身体活動などを総合的に詳しく調べました。

 すると、新薬投与群では症状の悪化が27%抑制。早期アルツハイマー病の進行度などを評価する指標「ADCOMS」では、症状の進行が24%抑制との結果でした。

 画像検査では、脳内に蓄積したアミロイドβの18カ月後の変化が見て取れ、プラセボ群では蓄積が増加していましたが、新薬群では減少。蓄積度を示す指標も、新薬投与群で大幅に減少していました。

■やっと夜明けがはっきり見えてきた

 一方、安全性については、投与した患者の12%に副作用とみられる脳の浮腫がみられました。さらに脳の出血も17.3%にみられました。しかし、いずれも大部分は軽症で、発見4カ月後には消失。

 また、臨床試験期間の18カ月を過ぎて新薬の投与を続けていた1608人中2人が脳出血を起こして死亡。また、プラセボ群897人中1人も、脳出血で死亡しています。新薬投与で死亡した2人は合併症があり、抗凝固薬(血液サラサラ薬)を併用していたこともあって、治験安全評価委員会はレカネマブが原因ではないとしています。

 研究チームはアメリカで開かれている国際的なアルツハイマー会議でも今回の臨床試験の結果を報告。データの詳しい分析によって、レカネマブ群ではプラセボ群に対し認知機能の低下を7カ月半遅らせられ、別のシミュレーションでは、アルツハイマー病が軽度な状態で持続する期間が2年半から3年1カ月延びる可能性があるとのことです。

 臨床家の私としては、レカネマブの悪化抑制27%というのは、効果が弱いと思わないでもありません。だから夢の新薬とまでは言えないまでも、例えるなら「やっと夜明けがはっきり見えてきた」という位置づけでしょうか。というのも、レカネマブの前に「世界初のアルツハイマー病の治療薬になるのでは」と期待されたアデュカヌマブは、臨床試験の評価項目で効果が不明瞭なものがありました。その点、レカネマブは、主要な評価項目すべてで効果を発揮している。学術的に効果が明瞭に証明された点が優れているといえます。

 アメリカでは来年の3月には臨床で使える見通し。日本では、承認までもう少しかかるでしょうか。今後は、使用の対象者をどうやって定めるか、日本の健康保険制度の中でどのような範囲で保険適用にするか。検討すべき課題はいくつもあります。

 しかし、アルツハイマー病治療に向けて、大きな一歩を踏み出したことはたしかでしょう。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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