がんと向き合い生きていく

お正月が近づくと大学病院から白血病の患者が紹介されてきた

写真はイメージ
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 私は長い間、勤務する病院の近くに住んでいました。

 白血病や悪性リンパ腫の患者以外に、がん終末期の患者を受け持っていて、看護師から「先生、また重症な患者さんを引き受けたの?」と聞かれると、「うん、つらそうだ……。私が受け持つからよろしくお願いします。また忙しくして、すみません。なにかの時はすぐに来ます」と答える、といったやりとりを何度もしました。

 私が所属していた「化学療法科(腫瘍内科)」は、当時、日本の病院ではこれまでなかった専門科で、研修医のローテーションのスケジュールにも入っていませんでした。「内科全般を一通り回り終わった研修医でないと務まらない」との意見もあったのです。

 私はまだ若く、体力もありました。「たくさん患者を受け持つことは、人間としての勉強もたくさんできる」--そう考えました。抗がん剤治療が専門ですから、白血病や悪性リンパ腫など、寛解から治癒になる可能性のある患者もたくさん紹介いただきました。また、胃がんなどの固形がんで、再発して重症になってから入ってくる患者では、抗がん剤治療は無理となって、症状のコントロールだけしかできない方も多くいらっしゃいました。

 正月が近くなると、大学病院から、まだ1度も治療されていない若い急性白血病の患者も紹介されてきました。大学にはたくさんのスタッフがいるはずなのに、正月休みになると「診療できない」と言われるのです。

 急性白血病の患者が入院すると、すぐに患者を診察し、検査室で血液と骨髄像を顕微鏡観察し、病気を確認します。そして、本人と家族への説明を行います。その後、病院の輸血科を通して、日本赤十字社へ正月中の輸血の供給、特に血小板輸血のいただける本数を確認して依頼します。

 正月は退院する方もいらっしゃるので、ベッドや病室のやりくりでの苦労はさほどありませんでした。しかし、新しく入られた急性白血病の患者は暮れも正月もなく、がんばって病気を克服するしかありません。

■入院患者の外泊希望を個々に検討

 毎年、私が一瞬だけうらやましいと思っていたのは、職員のスキーツアーに向かうバスが病院の前から出発する時でした。「行ける人はいいな~」と思いましたが、自分が選んだ道、選んだ科です。結局、1度もツアーに申し込むことはありませんでした。

 病棟では、正月前になると、退院が無理な患者に正月の外泊希望を担当看護師がそれとなく聞いて回ります。

「大晦日は自宅で過ごしたい」

「2、3日だけでも……きっと、これが最後の正月だと思うから……」

「元日の朝、家に帰って夕方には病院に戻る。それはできるでしょうか?」

 担当医と看護師長、担当看護師は、患者や家族の希望に沿って、一時的に自宅に帰れるか帰れないか、帰れる場合は何日帰るか、病状や治療を考慮してスケジュールを考えます。Aさんは腹水のたまり具合と食事の摂取状況から、自宅で過ごす期間は3日間が限度……。Kさんは抗がん剤治療後の白血球数の回復状況をみて、年末ぎりぎりまで決められない……など、個々の病状から検討されます。

 一方、家には帰らずにずっと病院で過ごす方もおられます。そんな患者の家族の中には、「大きな犬を駐車場に連れてくるので本人に会わせたい」とか、「猫をバスケットに入れて病室に連れていきたいのですが……」と聞いてくる方もいらっしゃいました。アレルギー専門の医師が大反対していたことを思い出します。

 そして元旦になると、破魔矢やお守りを持って病院に見舞いに来る振り袖姿のお嬢さんによく会いました。ただ2023年の元旦は、コロナが収まっていない状況なので、病院では厳しい面会制限が続くと思います。

 来年こそは、コロナが収まりますように! 治療法がさらに進んで、患者の、みんなの笑顔が増えますように。そして、戦争がなくなりますように。

佐々木常雄

佐々木常雄

東京都立駒込病院名誉院長。専門はがん化学療法・腫瘍内科学。1945年、山形県天童市生まれ。弘前大学医学部卒。青森県立中央病院から国立がんセンター(当時)を経て、75年から都立駒込病院化学療法科に勤務。08年から12年まで同院長。がん専門医として、2万人以上に抗がん剤治療を行い、2000人以上の最期をみとってきた。日本癌治療学会名誉会員、日本胃癌学会特別会員、癌と化学療法編集顧問などを務める。

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