認知症治療の第一人者が教える 元気な脳で天寿を全う

認知症だと思っていたら別の病気だった…医師の大半が経験

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 今回も「治る認知症」を紹介しましょう。慢性硬膜下血腫です。

 脳は非常に柔らかい組織で、破壊されると再生しないため、頭蓋骨や髄膜で守られています。外側から順に、頭蓋骨、髄膜。この髄膜は3つの層で成り立っており、そのひとつが硬膜になります。

 慢性硬膜下血腫は、頭部の打撲などなんらかの原因により脳の表面からじわじわと出血が起こり、血液が硬膜と脳の間にたまり血腫ができる外科的疾患です。

 硬膜は硬い組織なので拡張はせず、一方、血腫は大きくなるにつれ柔らかい脳を次第に圧迫。認知症に似た症状が現れます。脳自体には損傷がなく、手術で血腫を取り除けば認知機能は回復します。

 頭を打った直後に症状が出てきたら「打撲が原因では?」と疑うでしょうが、慢性硬膜下血腫は、数週間から数カ月と時間がたってから症状が出始めます。そのため、慢性硬膜下血腫と気づかれないまま、認知症として診断されているケースも考えられます。

 昨年、日本最大級の医療従事者専用サイト「m3.com」が、会員の医師を対象に行った意識調査(回答者:勤務医746人、開業医212人)では、「当初、認知症を疑ったが、実は別の疾患だったという症例を経験したことはありますか?」という質問(単一選択)に対して、半数近い48%の医師が「ある」と回答。実際の診断として最も多かったのは慢性硬膜下血腫(33.3%)でした。ちなみに、2番目に多かったのがうつ病(19.6%)、3番目が正常圧水頭症(17.6%)でした。

■打撲の程度が軽くてもリスクがある

「アルツハイマー型認知症と思い込んだまま、父にCT検査を受けさせずにいたら、今頃どうなっていたことか」と話すのは、北関東在住の女性。

 昨年、同居する80代の父親の様子で変なことが続き、物忘れも目立ってきたことから、認知症を疑って近所のかかりつけ医のところへ連れて行きました。いくつかの検査の後、「年齢も年齢ですし、アルツハイマーかもしれません。ただ念のため頭部CTも撮った方がいいです。うちでは装置がなくて撮れないので、紹介状を書きましょう」と言われました。

 亡くなった義母もアルツハイマーで、その症状に似通っていたことから、女性は医師が発した「アルツハイマー」という言葉を衝撃をもって受け止めました。「アルツハイマーかも」と言われたのに、その「かも」が抜け落ちてしまったのです。

 父親が外出を嫌がり、かかりつけ医のところに連れて行くだけでも大変だったので、CTを受けられそうな大学病院へ連れて行くのはさらに困難そう。しかも、コロナの第6波が来ていた頃。「無理に病院へ連れて行って、父親がコロナに感染したら大変。アルツハイマーを完治させる薬はないのだから……」と、しばらく時間をおいて、コロナが落ち着いたら父親を説得し、大学病院を受診しようと考えました。

 そんな女性に対し、「『治る認知症』の可能性もあるから、大きな病院で検査を受けた方がいい」と主張したのは、大学生の息子。インターネットで「認知症」「治る」のキーワードで検索し、「治る認知症」の情報を見つけたのです。

 急ぎ、大学病院の脳神経内科の予約を取った女性。検査の結果、慢性硬膜下血腫がわかりました。慢性硬膜下血腫は、局所麻酔で頭蓋骨に小さな穴を開け、血腫を洗浄するという、比較的簡単な手術で治療が行われます。たいていの患者さんは、この治療で症状が改善します。

 慢性硬膜下血腫は、前述の通り、頭部の打撲などが原因になります。一般的に高齢者はバランス感覚の低下や足腰の弱さで転倒しやすい。薬の影響で転倒しやすくなっていることもあります。ゆえに、慢性硬膜下血腫も起こしやすい。打撲の程度が軽くても慢性硬膜下血腫のリスクはありますし、本人の体は元気であっても、「慢性硬膜下血腫を起こしていない」とは言い切れません。

 慢性硬膜下血腫は「治る認知症」ではありますが、治療がされなかった間にADL(日常生活動作)が低下してしまい、自活が難しくなる場合もあります。早めの検査、治療が肝要です。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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