第一人者が教える 認知症のすべて

「BPSD」のひとつが幻覚や妄想 認知症の30~40%でみられる

写真はイメージ(C)iStock
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「認知症の症状は、中核症状と行動心理症状に分類される」と、以前に紹介しました。行動心理症状は「BPSD」とも呼ばれます。

 BPSDのひとつが、幻覚や妄想です。認知症の30~40%で何らかの幻覚や妄想がみられるという報告があります。アルツハイマー型認知症に限ると、初期の段階から幻覚がみられる頻度は低く、物盗られ妄想など妄想の頻度が高い。

 一方、レビー小体型認知症では初期から幻覚(中でも、幻視)があるといわれています。幻視は、人物、動物、物や場面などが現実と区別をつけられないほど生々しく見える現象です。

 レビー小体型認知症で最も多いのは人物の幻視で、「部屋を子供が走り回っている」「戸棚の上に小人が数人いて踊っている」など。色や動きについては伴う場合もあれば、そうでない場合もありますが、声や音に関してはたいてい伴いません。人物に次いで、イヌやネコなどさまざまな動物や、ムカデ、チョウといった虫の幻視もよくあります。

 認知症の精神症状として珍しくない幻覚・妄想ですが、認知症以外の病気でも起こります。てんかん、脳血管障害、脳腫瘍、ナルコレプシー、脳炎、頭部外傷、代謝性および中毒性脳症……。幻覚を伴うことがある病気はいくつもあります。なお代謝性および中毒性脳症とは、肝性脳症、ウェルニッケ脳症などです。

 また、高齢者の幻視で「虫が見える」といった時、飛蚊症の可能性も。目の前に蚊やゴミのような物が飛んで見えたりする病気で、加齢とともに患者数が増えます。

 ほとんどの飛蚊症は放っておいても心配ありませんが、網膜剥離や網膜裂孔、眼底出血など失明に至る病気の前兆として現れる飛蚊症もあるので、眼科医での検査が必要です。

安心感を与えることが大切
安心感を与えることが大切(C)日刊ゲンダイ
安心感を与えることが非常に大事

 アルツハイマーでは、初期から中期にかけて被害妄想がみられることが多いといわれています。アルツハイマーでの妄想は過去の研究によって2つのカテゴリーに大別されています。

 ひとつは「自己と他者との関係性や状態についての妄想」。映画や本などで、「家族が私のお金を盗んだ」と周囲に訴える認知症の方が出てくるシーンを見たことがある人もいるのではないでしょうか。これは家族が自分の金品を盗もうとしていると妄想する物盗られ妄想。ほかにも、つれあい(妻・夫・パートナー)が浮気していると妄想する嫉妬妄想、家族が自分を見捨てようとしていると妄想する見捨てられ妄想、他人が食事や飲み物、薬に毒を入れていると妄想する被毒妄想などもあります。

 もうひとつは「誤認」です。夫を父親と誤るなど相手を異なる人と間違える人物誤認、他人が家に住んでいると訴える幻の同居人、自宅が自宅でないという場所誤認。「亡くなった身内が生きていると言う」「外見は同じだが中身が他人に入れ替わっていると言う」「同じ人が複数人いると言う」など、さまざまな誤認があります。

 これらの妄想に対して、非薬物療法として十分なエビデンスのある治療は現時点では存在しません。妄想が生じるのは、脳神経の障害が根本的原因なので、理屈を述べて「そうではない」と周囲が言っても、認知症の方がそれを受け入れることは困難です。

 まず行うべきは、本人の訴えを傾聴すること。頭ごなしの否定は絶対に避けるべきです。

 認知症の妄想は、自分の能力が低下してしまったことへの不安や喪失感、劣等感、孤独感からきているともいわれています。たとえば「妻がほかの男と浮気をしている!」と思い込む被害妄想では、認知症患者とそうでない伴侶(この場合は妻)の健康状態格差が影響しているとも指摘されているのです。 

 受容的・共感的態度で接し、安心感を与えることが非常に大事。「認知症だから何もできない」とするのではなく、役割を与え、生きがいを持ってもらうことも重要です。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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