直木賞作家・西加奈子さんの著書「くもをさがす」(河出書房新社)が売れています。ご主人やお子さんと一緒にカナダのバンクーバーで暮らしているときに乳がんと診断され、その治療経過やがんとの向き合い方などを時系列に記したノンフィクションです。
グローバル化が進み、仕事で海外に長期滞在する方は珍しくないでしょう。定年後のセカンドライフに物価の安い国に渡るケースもあります。そうなると、海外で調子が悪くなって受診したら、がんが見つかった。西さんが直面したようなことが、決して人ごとではなく起こりうるということです。
では、そのときどうするか。ここでは、カナダを例にとりながら、一般的な考え方を紹介しましょう。
カナダは国民皆保険制度で、原則自己負担なく無料で治療を受けられます。加入条件は州によって異なりますが、移民や留学生なども対象。西さんも保険に加入していたといいます。
公的保険が一部の高齢者や低所得者などに限られ、民間の保険がカバーする米国とは対照的。その米国では、民間の高額な保険料が払えずに急増している無保険者も大問題です。
そうすると、治療格差のないカナダはよさそうですが、一般に医療機関へのアクセスが悪く、がん治療でも待ち時間が長い傾向です。がんをはじめ専門医を受診するには、ホームドクターか、だれでも受診可能なウオークインクリニックから紹介してもらう流れ。
このシステムがしっかりと働いているため、悪性度や緊急性が高くない限り、予約はかなり先になります。欧州もカナダに近い体制です。
カナダや欧州などでがんを治療する場合、原発でも再発でも治療が済むと、その後の定期検査はありません。再び症状が出たときに受診して治療することになります。
そうすると、フォローがないことの意味を、どう受け止めるかによって対応が変わります。私の患者さんの中にも、カナダで暮らしたことのある方がいて、そのうち前立腺がんの男性は、定期検査がないことの不安が強く、長く住んでいたカナダを離れ、帰国してしまいました。別の乳がんの女性は今もカナダで暮らしながら、年に1回の帰省に合わせて私の外来を予約して定期検査を受けています。
もし読者の皆さんが今後、カナダ・欧州型の国に長期滞在するなら、女性のようなスタンスはありだと思います。全体として現地の医療体制をうまく利用しながら、たまに日本で検査を受けるようにするのです。
ちなみに日本はどうかというと、自由主義的な米国の医療とカナダ・欧州型の中間で、ややカナダ・欧州型に寄っているところでしょう。もし米国で暮らす予定がある方は、ことがん治療に限ると、日本で治療するスタンスがいいと思います。先日、亡くなった坂本龍一さん(享年71)は米国での治療が失敗し、残念な結果になっていますから。