在宅医療を開始するにあたってご家族が一番に心配されることはなにかといえば、それは最期の看取り。タイミング良く在宅医師はいてくれるのか? 救急車を呼んだ方がいいのか? 死亡診断は? これから起こるであろう状況を想定し、不安を募らせる方は少なくありません。
在宅医療の患者さんの多くは、終末期を2~3カ月間過ごし、旅立ちます。その間に、最期の心構えも含めてご家族とお話しする時間がありますから、慌てることなく穏やかな看取りに至るケースがほとんどです。ただ、在宅医療を開始された退院初日に、最期を迎えるケースも、もちろんあります。
「こんにちは、退院お疲れさまでした。ちょっとお話と採血を行わせていただきますね」(私)
「おしっこがまだ出てないようで、開眼もなく、なかなか」(訪問看護師=訪看)
その方は、二次性骨髄線維症と重度の心不全、腎不全、そして認知機能低下が見られる70代の男性。奥さまと2人暮らしです。なお二次性骨髄線維症とは、血液細胞の増殖や分化の調節に深くかかわる遺伝子の異常で、造血細胞に代わって線維組織が骨髄中に増え、異常な形状の赤血球が生産されたり、貧血や脾臓の腫大が発生する病気です。
奥さまによれば、10年ほど緩やかな進行だったのが、ここにきて急速に病勢が悪化。輸血のみの入院の継続も困難となり、末期医療として輸血のできる私たちの在宅医療を希望されたとのこと。
「病気的にはどうなんでしょうか?」(妻)
「厳しいかなと思います」(私)
率直で厳しい内容の話も、会話を重ねることで、ご家族も次第に冷静に受け止められるようになっていきます。
(奥さまと別室で)「意識の方も朦朧とされているので、苦痛のないような治療を行っていきたいと思っています」(私)
「私もここまで悪くなるとは思わなかったんですよね。救急車で運ばれた後も、1人でトイレとかに行けていたんですけどね、意思の疎通もしっかりできていましたし」(妻)
「今おしっこが出なくなっているので、そこが気になりますね」(私)
「そうですよね」(妻)
「これからは見守っていくということが大切になってきます。明日また伺ってもいいですか?」(私)
「はい、もういつでもお願いします」(妻)
「訪看の方も同席させていただきます」(訪看)
電話が訪看さんから私のところにきたのは、その日の夕方のことでした。
「先ほど診察していただきましたが、先生方が退出後にバイタル測定不能になっています。待機でよろしいでしょうか?」(訪看)
「お願いします」(私)
そして折り返しの電話で、奥さまにも代わっていただきました。
「訪看さんから状態をお伺いすると、厳しい状態が近づいてきているかなと思います。ご家族の方はお声掛けしていただいて、そばに付き添っていただければと思います」(私)
「瞳孔散大、30秒に1回の呼吸です。あ、今呼吸が……」(訪看)
「向かいます!」(私)
私は急ぎ自宅に到着し、死亡を確認しました。
「長いお付き合いになると思っていたところでした。先生にはありがとうございました」(妻)
こういうときはいつも医師としてもう少し何かしてあげられなかったかなと振り返り考えてしまいます。答えはありませんが、考え続けることに意味があると思います。