老親・家族 在宅での看取り方

患者のわがままに振り回されつつも在宅医療を進めていく

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 その方は、旅行中に脳卒中を起こし、救急搬送。旅行先の病院で入院し治療を受けていましたが、回復期のリハビリで東京の病院へ転院。その後、自宅へ戻られてきた70代の男性。お一人暮らしです。

「先生たちが来ること知らなかったよ」(患者)

「あら、そうだったんですね」(私)

「お薬もらっているからさ、ちょっと(処方の)情報見てよ」(患者)

「拝見しますね。血圧とかも測りますね」(私)

 もともとのこだわりの強い性格に、脳出血後の高次脳機能障害が加わり、どちらかというと付き合いづらい人に……。

 在宅医療を導入するにあたり、ケアマネジャーさんをはじめとした周囲のスタッフからは、「人の言うことを聞かないクセのある人」と報告を受けていました。

「月にいくらぐらいかかるか概算出してもらいたいんだよね。お弁当も頼むし、そのほかお買い物はヘルパーさんに頼むでしょう? それに薬のお金もあるし診察もある。ヘルパーさんのお金もあるからね」(患者)

「ケアマネジャーさんに聞きますね。ところで採血は最近しました?」(私)

「していないね。嫌なんだ採血。痛いし」(患者)

 この患者さんの最優先は、健常時からの友人との付き合い。自身の生活スタイルへのこだわりもかなりある様子。金銭的には余裕があり、体が不自由になった今もひとりで街に出かけたり、気ままに年1回程度は新幹線に乗って旅行にも行かれます。

 事前に行われた担当者会議では、さまざまな話が……。訪問マッサージを知らないうちに解約する。訪問リハの突然のキャンセルが多い。緊急電話で頻繁に訪問看護の時間が変更される。ヘルパー介入は断り、ゴミ出しも必要ないと言う--などなど。各方面から、この方のわがままに振り回されているエピソードが噴出しました。

 認知症とはいかないまでも、感情や衝動の抑制が低下しているのはあきらか。ただ、私の診察時は、礼節をある程度保ち、接してくれる。

 今後は認知機能の低下を早期に発見できるスクリーニングテストの実施を視野に入れながら、周辺のスタッフの状況にも目を配り、患者さんの話を傾聴し、スタッフ同士で話し合いながら、在宅医療を進めることになったのでした。

 在宅医療を始める方は、当然ながら十人十色。希望を具体的に口に出す方もいれば、理不尽な要求をしてくる方、お手伝いさん程度にしか思っていない方もいます。ですが私たちは、簡単にさじを投げることはありません。在宅医療が最後のセーフティーネットであるという思いがあるからです。根気よく対話を重ね、付き合っていくのです。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

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