医療だけでは幸せになれない

「メタ分析」が最良のエビデンスとは限らない…出版バイアスと異質性バイアス

「マスク着用個人の判断」になってはや5カ月…
「マスク着用個人の判断」になってはや5カ月…(C)日刊ゲンダイ

 前回、「メタ分析」は多くのバイアスの影響を受けやすいという点を指摘した。それについて、実際の論文をもとにもう少し詳しく見ていこう。

 まずは「出版バイアス」を取り上げよう。一般に研究結果は、効果があると論文として発表、出版される。逆に効果がないと出版されないという傾向がある。そのため発表された論文だけを集めると、効果があるという論文に偏って情報が集められ、効果を過大評価しやすい。これを「出版バイアス」と呼ぶ。メタ分析の重要なバイアスのひとつである。

 前回取り上げたマスクなどの予防効果を検討したメタ分析で、この出版バイアスがどのように取り上げられているかを見てみると、出版バイアスについての直接の記載はない。一般的には出版バイアスは漏斗図、ファンネルプロットと呼ばれる図で検討される(編集部注=漏斗はファンネルとも呼ばれ、液体を口の狭い瓶などに入れるときに使う逆三角形の形のもの。個々の研究の結果の散らばりが漏斗を裏返した形、つまり規模の小さい研究で左右に広く対照的に分布し、大きな研究で中央に狭く分布する形になるのが理想とされる)。これはX軸に効果の大きさを、Y軸に研究の標本数をとり、一つ一つの研究をグラフにプロットしたものである。

 ここでメタ分析で統合された効果を中心として、左右対称に研究が分布するのであれば出版バイアスの影響は少ないと判断される。それに対し、標本数が少なく、効果がない、むしろ有害という研究がないにもかかわらず、標本数が少なく、効果があるという研究ばかりが多く、図が非対称であるときに出版バイアスの可能性が高いと考えられる。

 このメタ分析では、マスクの効果を検討した6つの研究が統合されているが、標本数が多い規模が大きい研究ほど効果が小さく、オッズ比は0.77-0.82で、標本数が少ない研究ほどオッズ比0.21-0.34と大きな効果を示している。さらに標本数が少ない研究で効果なしというものはなく、出版バイアスの可能性が残る。統合されたオッズ比0.47はマスクの効果を過大評価しているのかもしれない。

■バイアスは「過大評価」と「過小評価」、どちらの方向にも働く

 次に「異質性バイアス」である。これはメタ分析に対する批判として、ミカンとリンゴを一緒に分析して、いったい何が出てくるのだというものがある。同じような研究であれば一緒にする意味もあるが、バラバラの異質な研究を無理やり一緒にしても、正しい結果が出ることはないという指摘である。

 この異質性バイアスについては論文中にも記載がある。マスクの効果を検討した研究は、手術用マスクであったり、N95マスクであったり、あるいは布マスクであったり、さまざまなものが使われており、それぞれの効果には違いがあることが予想される。にもかかわらず、それを一緒に解析しているという限界がある。あるいはそれぞれの研究で実際のマスク着用率が異なっており、ここにもバイアスの可能性が存在する。

 統合された効果は、布マスクの効果の小ささや、実際の着用率の低さによって過小評価されている可能性もあり、サージカルマスクやN95マスクで、常時着用するような状況では、もっと大きな効果が期待できるかもしれないのである。そうした場合、手術マスクだけの研究での分析、N95マスクだけでの分析などを行うことで対処できる面があるが、そうした解析をするためにはまだ研究が不足しており、この論文では検討されていない。

 バイアスは効果を過大評価したり、過小評価したり、どちらの方向にも働く。

 ここでは出版バイアスはどちらかというと効果を過大評価する方向に働き、異質性バイアスは過小評価する方向で働いているように考えられる。そうなると、全体としてこの研究のバイアスは、治療効果を過大評価しているのか過小評価しているのか、はっきりしない。

 単独で行われたバイアスをコントロールしやすいランダム化比較試験に比較して、メタ分析には常にこのコントロール不能なバイアスの問題が付きまとう。メタ分析は最も信頼に足る情報であるというような状況が広がっているが、それは大きな誤解である。信頼が高い情報であることに間違いはないが、その背後のバイアスの可能性は低くないのである。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

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