正解のリハビリ、最善の介護

「全身管理」を行えるリハビリ医が欠かせないのはなぜか?

「ねりま健育病院」院長の酒向正春氏
「ねりま健育病院」院長の酒向正春氏(C)日刊ゲンダイ

 適切なリハビリにより、病気やケガによって失った機能と能力をできる限り取り戻すためには、良質な回復期リハビリ病院を選ぶことが大切です。そのポイントのひとつが、「全身管理」を行えるリハビリ主治医がいるかどうかです。

 回復期リハビリ病院には、さまざまな病気やケガの患者さんがやってきます。脳卒中、脳外傷、脳の変性疾患、心臓疾患、呼吸器不全、肺や消化器などのがん、肺炎などの炎症性疾患、脊髄損傷、変形性関節症、下肢切断、骨折……など多岐にわたります。そのため、リハビリの専門医であっても、他のあらゆる病気をきちんと理解している医師でなければ務まりません。それぞれの患者さんに対し、なぜそうした症状が起こっているかの病態を把握し、入院理由となった原疾患だけでなく全身のどこかにほかの症状が現れた場合でも、的確な判断と対処ができなければ、適切なリハビリは行えないのです。

 以前、「重症心不全」で全身状態が悪化していた60代の男性患者さんが心原性脳塞栓症を併発して当院に入院になりました。心不全というのは、心臓の働き=ポンプ機能が徐々に低下し、全身に十分な血液を送り出せなくなった病態です。慢性心不全になると、良くなったり悪くなったりを繰り返しながらだんだんと心機能が低下していき、命を縮めます。過度な運動は心臓に負担がかかって病状を悪化させるリスクがあるため、安静にさせるべきという意見があります。

 その患者さんも、それまで入院していた病院から、「無理して歩かせると心不全を悪化させるリスクがあるので原則、車いすでの生活になるかもしれない」というお話があったそうです。しかし近年は、適度な運動は筋力を維持して心臓の負担軽減につながり、運動能力を改善させることで心不全を起こしにくい体をつくれるという効果が世界トップの米国医学誌で明らかになっています。心不全だからこそ、しっかり体を起こして適切に歩かせなければいけないのです。

 たしかに、心不全では心臓に無理な負荷をかければ悪化します。しかし、負荷をかけた分だけ、心臓は強くなります。深刻な状態まで悪化させないようにギリギリのところまで負荷をかけ、ケアを行いながら心臓を強くし、強くなったところをさらに引き上げていく。悪化する一歩手前まで運動で負荷をかけ、それを繰り返して基礎を積み重ねていくと、患者さんは驚くほど回復するのです。

■重症心不全の患者が驚くほど元気になった

 先ほどの患者さんは、「歩きたい」「しゃべりたい」「復職したい」という希望をお持ちでした。ですから、「うちではつらくない程度に歩かせますよ」と、すぐに歩行のリハビリを開始しました。もちろん、モニターや検査で状態を確認しながら実施します。定期的エコーでEF(左室駆出率)が悪化していないかどうか、月2回のレントゲンで肺水腫によって肺にたまった液体が増えていないかどうか、毎月の採血でBNP(心臓に負担がかかると心室などから分泌されるホルモン)が高くなっていないかどうか、運動機能やADL(日常生活動作)が毎週どのくらい向上してきたか……客観的な数値をきちんとチェックしながらリハビリを進めていきます。

 すると、最初はベッド周囲の数メートルしか歩けなかった患者さんが、100メートル歩けるようになり、400メートルでも問題なくなりました。最終的には、無理だとされていた階段昇降も月1回は最大能力を評価し、どのくらいの負荷までなら大丈夫なのかを見極め、本人に「ここまでなら問題ありません」とお伝えして、自信を持ってもらったうえで退院してもらいました。入院時16%だったEFは、退院時に42%まで改善していました。リハビリ前とは見違えるほど元気になられた患者さんの姿を見て、前の病院の担当医は改善度にびっくりされていたそうです。

 適切なリハビリによって、身体機能、筋持久力、呼吸機能が向上し、心不全の状態も改善するのです。ただ、心不全という病態をしっかり理解したうえで、的確な全身管理を行えなければ、心不全の状態がひどく悪化して「なぜこんなに悪くしてしまったのか。もうリハビリなんてやめろ」といった状況になりかねません。先の患者さんの場合も、全身管理に自信のないリハビリ医なら、歩けない状態のまま帰していた可能性もあります。

 ですから、当院のリハビリ主治医には、それぞれの病気について急性期の専門医とも五分に話し合えるよう勉強するように言っています。全身管理は、リハビリによって患者さんがその人らしい暮らしを取り戻す「人間回復」において欠かせないのです。

酒向正春

酒向正春

愛媛大学医学部卒。日本リハビリテーション医学会・脳神経外科学会・脳卒中学会・認知症学会専門医。1987年に脳卒中治療を専門とする脳神経外科医になる。97~2000年に北欧で脳卒中病態生理学を研究。初台リハビリテーション病院脳卒中診療科長を務めた04年に脳科学リハビリ医へ転向。12年に副院長・回復期リハビリセンター長として世田谷記念病院を新設。NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」(第200回)で特集され、「攻めのリハビリ」が注目される。17年から大泉学園複合施設責任者・ねりま健育会病院院長を務める。著書に「患者の心がけ」(光文社新書)などがある。

関連記事