前回お話ししたように、現時点で認知症を根本的に治癒させるクスリはありません。認知症に対する薬物療法の目的は「症状の進行を遅らせる」ことです。クスリを使って認知症の進行を遅らせつつ、リハビリテーションなどの非薬物療法を同時に行っていくのが認知症治療の実際になります。
日本で初めて登場した認知症の治療薬は「コリンエステラーゼ阻害薬」というものです。アルツハイマー型認知症の発症には神経伝達物質であるアセチルコリンの不足が関与しているという“コリン作動性仮説”が以前から唱えられています。これらのクスリは、アセチルコリンを分解する酵素であるコリンエステラーゼの働きを阻害してアセチルコリンの量を増やし、効果を発揮するとされています。剤形には錠剤、散剤、貼付剤があります。
適応症は「軽度~中等度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」となっており、重度の場合は使えません。一部のクスリはレビー小体型認知症に対しても適応になっていますが、ほぼすべてのクスリがアルツハイマー型認知症だけに使えると考えていいでしょう。
次に「N-Methyl-D-Aspartate(NMDA)受容体拮抗薬」が登場します。認知症などで脳に器質的な障害が起こると脳内のグルタミン酸(アミノ酸の一種)の量が過剰となります。本来、グルタミン酸は神経伝達物質として必要なものなのですが、それが過剰になると神経には毒となってしまい、結果的に認知機能に悪影響を及ぼすと考えられています。NMDA受容体拮抗薬は、こうした過剰なグルタミン酸による神経細胞死を抑制することで、認知症に対して効果を発揮するとされています。剤形は錠剤です。
適応症は「中等度~高度のアルツハイマー型認知症における認知症症状の進行抑制」となっており、コリンエステラーゼ阻害薬とは少し違っています。なお、コリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容体拮抗薬は併用することが可能で、それによってより高い効果が期待できる場合もあります。
そして最近、新たなクスリが登場しました。注射薬で、アルツハイマー型認知症を引き起こすとされる物質の中で最も神経毒性が強い物質に選択的に結合し、それを脳内から除去することで認知症症状の進行を抑制します。適応症はコリンエステラーゼ阻害薬と同じですが、これまでにない効き方のクスリなので、その効果に期待したいところです。
現時点で薬物療法の対象となるのはアルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症だけですが、いずれも早期に治療を開始することがとても大事です。気になる方は病院を受診しましょう。
高齢者の正しいクスリとの付き合い方