老親・家族 在宅での看取り方

「元気だから放っておいて!」と主張する91歳女性に提案した案は…

患者さんの思いには可能な限り配慮する
患者さんの思いには可能な限り配慮する

 近ごろコロナ禍を境にして社会の仕組みや日本人の意識が少しずつ変化してきていると感じるようになりました。中でもアマゾンやウーバーイーツなど、自宅にいながら衣食住に関するサービスを受けるというライフスタイルはかなり浸透したのではないでしょうか。

 そのせいか医師が家に訪問するという私たちのような在宅医療への理解も、以前よりも進んだのではないかと思っています。それでも他人を家に上げることに抵抗がある患者さんは確実にいらっしゃいます。

 91歳の女性患者さんは1人暮らし。弁膜症に加え、腹部と胸部に大動脈瘤があり、そのうえ認知症も患っていました。ある日ご自宅で転倒し救急搬送され短期の入院。その後、当院が介入することとなりました。当初から私たちの診療所に通いたいとの相談があり、ご本人を交えての担当者会議が開催されました。

「私こんなに元気だから通いますよ。まだやることいっぱいありますし、皆さんに来てもらうのが申し訳ないくらい元気なの。こうやって皆さんに来てもらうのは嫌なの!」(本人)

「今元気なのは本当にいいことですが、ご自宅で一人で何かあったとき、すぐ駆けつけてくれるお医者さんや看護師さんがいた方がいいと思うんですね」(CM=ケアマネジャー)

「私のことは放っておいて! 通えますから」(本人)

 かつては看護師として小児科の病院で働いていたという女性。いつ何があってもおかしくない状況であり、通院することが大変であることは、ご本人が誰よりもわかっているはずなのに、訪問診療を断り通院することに固執されます。

「では折衷案にしましょう。看護師さんも毎週じゃなくて2週間に1回、ヘルパーさんもなしにして、自分で通ってもらう。でも何かあったら緊急対応してくれる訪問医療や訪問看護さんを頼ってくださいね」(CM)

「わかりました」(本人)

 こうして在宅医療を担保しつつ当院の外来受診が始まりました。時に当院までの道のりで迷われるときもありましたが、そのつどスタッフがお迎えに行くなど柔軟に対応しました。

「便は黒くないですか?」(私)

「薬の影響で黒より緑っぽい。便が出た後に少しヒリヒリするので、家にあるクリームを塗っているんですけどいいですか?」(本人)

「いいですよ」(私)

「あとちょっと風邪っぽい感じで、薬局で漢方を買ったんですが、これでいいですか?」(本人)

「いいですよ、ご自分で調整されているんですね。これで効かなかったら処方お出ししますので」(私)

「はい。少しずつ元気が出て、今日は洗濯を自分でしたんですよ」(本人)

「いいですね」(私)

 時に自信に満ちあふれ活力が増しているご様子。元看護師として自分の意見をはっきりと我々に伝えることも。また不自由なく歩行し好きなものを食べることもされており、朝食は近所のカフェに行き、小さなお子さんを持つお母さんと、小児科の経験から子育てのお話をされることを楽しみにされていました。ですが次第に認知症の状態が進むにつれ、日に日に頑固な性格はさらに強くなっていかれQOL(クオリティーオブライフ=生活の質)の低下は確実に進んでいきました。

 それでも私たちは柔軟にイレギュラーな対応をし、患者さんの思いに可能な限り配慮するように努めました。

 それもひとえに患者さんにとって充実した生活を支えることは、在宅医療の重要な役割だと考えるからです。

下山祐人

下山祐人

2004年、東京医大医学部卒業。17年に在宅医療をメインとするクリニック「あけぼの診療所」開業。新宿を拠点に16キロ圏内を中心に訪問診療を行う。

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