より良い回復期病院を見極めるポイントとして、「リハビリ主治医の力量」が重要だとお話ししました。そのひとつとして、「患者さんが飲んでいる薬のコントロールを適切に行えるか」が挙げられます。睡眠障害や痛み、覚醒障害などがあってリハビリがうまく進まない場合、主治医が原因を把握して、適切に投薬を管理できるかどうか。それが患者さんの回復を左右するケースが少なくないからです。
当院の介護老人保健施設(老健)に入られた60代の女性は、脳梗塞を発症して治療が終わってから、13カ月にわたって意識障害が続いていました。ずっとボーッとしたままで、話をしてもろれつが回らず、ベッドから車いすに移動する際も重介助が必要でした。前医の回復期病院で「脳梗塞の影響だから仕方がない」と言われたうえに、転倒で脳出血も生じて治療したそうです。
しかし、脳の画像を見る限り、軽症の脳梗塞で、脳損傷もなく、1年間も意識障害が持続する病態ではありません。「これはおかしい」と思い、患者さんがそれまで飲んでいた薬をチェックしたところ、2種類の抗てんかん薬が大量に投与されていました。
脳卒中を発症した場合、脳の損傷箇所によっては後遺症としててんかんが起こるケースが少なくありません。くも膜下出血や脳出血ではよく見られますし、頻度は高くありませんが、脳梗塞でも起こる場合があります。また、高齢の影響では脳が変性し、てんかんが起こりやすくなるケースもあります。こうしたことから、この患者さんにも予防のために抗てんかん薬が使われていました。
しかし、それにしては投薬量が多すぎます。この患者さんは小さな脳梗塞であり、脳出血痕も見当たらない。脳が安定した状態から判断して、まずは1種類の抗てんかん薬を中止しました。もちろん、老健スタッフによるてんかん管理体制を整えたうえでの実施です。
すると、数日後に意識障害が改善してきて、約2週間で意識が清明となりました。そこで、さらに減薬すると、1カ月目にてんかん発作が起こりました。それを受け、抗てんかん薬は1種類のみで投薬量を発作が起きない最少量に調整しました。
その結果、患者さんは覚醒し、しっかりした言葉で話され、コミュニケーションも正常になりました。体を動かすリハビリもどんどん進み、1人で杖歩行できるようになり、来院された当初とは別人のように回復されたのです。そんな患者さんの姿を見て、ご家族もびっくりされていました。
もしも、あのまま薬の影響が見逃されていたら、この患者さんは重介助の状態が20~30年ほど続き、そのまま亡くなっていた可能性もあります。ご家族の負担も大きかったでしょう。主治医の力量=医者力は、患者さんやご家族にとってそれくらい大きいのです。
■まずは薬を5種類以下に減らすことを目指す
日本では、薬の副作用によって状態を悪化させているケースが多くあります。80代、90代の高齢者が10~20種類ほどの薬を当たり前のように飲んでいるのですから、それも当然でしょう。いわゆる「ポリファーマシー(多剤併用)」と呼ばれる問題です。
原因のひとつとして「複数の医師がそれぞれ複数の薬を処方している」ことが挙げられます。高齢になると、いくつも病気を抱えている場合が多いため、それぞれの病気に対して何人もの医師が診ているケースが少なくありません。たとえば、その患者さんを診ている4人の医師が、それぞれ5~6種類の薬を処方すればアッという間に薬が増えてしまうのです。
当院では回復期病院でも老健でも、基本的に1人の主治医がその患者さんを診ています。そのため全部の内服薬をチェックでき、「これほど多くの薬を飲むのはおかしい」と判断できるのです。世界的な基準では、深刻な副作用や相互作用を起こさないためには、服用する薬は5種類までといわれています。当院では、まずは患者さんが飲んでいる薬を半分まで減らして、5種類以下にすることを目標にします。
患者さんは入院されるときにたくさんの持参薬を持ち込みます。持参薬は2週間程度ですべて飲み終えるので、その時点でどの薬が本当に必要なのかを見極め、減らしていくのです。そこから、減薬しても問題ないかを確認し、状態が安定していれば5種類以下まで減らすことを目指します。
ただ、薬を減らすには主治医の力量が問われます。仮に減薬によるトラブルが起これば責任は重大ですし、すべての診療科の病気と薬について勉強しなければならないからです。本当に必要なぎりぎりの量まで薬を減らすのは大変な作業です。しかし、適切なリハビリによって、患者さんが人間力を取り戻すためには欠かせない要素なのです。
正解のリハビリ、最善の介護