「私は身寄りがいるようでいない。娘が一人いるんだけどね、疎遠になって会うこともできない」
肺がん末期の90代の独居女性。私たちが自宅に伺った時、開口一番こう言いました。どちらかというと自暴自棄になっているように見受けられました。
「昨日も後見人を頼むために、ケアマネさんに来てもらった。いざっていう時、ケアマネさんも部屋に入れないからって勧められた。本当は私は嫌なんですけど。もう限界って感じです」
実は、私たちがこの女性のところを訪れるようになったきっかけをつくったのは、「疎遠になって会うこともできない」という娘さんでした。
遠く離れた地に住んでおり、女性が言う通り、母娘は絶縁状態であるものの、心配している気持ちもある。娘さんがケアマネさんに相談し、そこから看護ステーションに連絡が行き、私たちとつながったのです。
「娘は、死んだらいろいろやってくれるみたいだけど、生きてる間は無理そうね」
娘さんとの復縁は諦めている様子。病気の進行に苦しんでいるだけでなく、身近に頼れる人がいないことを嘆かれてもいる印象を持ちました。
自分のやりたいようにしたい、という気持ちが強く、介護ベッドの導入を提案した時は、「布団でいい」と拒否されました。市販薬を近所の人に買ってきてもらい、自己判断で飲まれることも。
日に日に病状は悪化し、家事や排せつなどが厳しくなっていきます。ホスピスの入居がベターと考えたのですが、身元保証人がいないため手続きがスムーズにいかず、調整が続いている状態でした。
女性はどんどん悲観的になっていく。私たちができることは、痛みや息苦しさなど身体的なつらさを取り除くこと。さらに、話を傾聴し、少しでも寂しさを軽減するよう努めることでした。在宅医療を開始して2週間後、自宅で、私たちが見守る中、旅立たれました。
しばらくして、娘さんから当院あてにお手紙が届いたのでした。
「いつかは歩み寄ることもできたかもしれないと思っていましたが、そんな思惑とは裏腹に、母は突然逝ってしまいました。皆さまの手厚い介護は感謝しております」
そこには、母に優しい言葉をかけるべきか最期まで葛藤があったこと、娘さんなりにできることは、できるだけやったことなどがつづられていました。
在宅医療ではさまざまなご家庭に伺います。ご家族にいったい何があったのかは、私たちにはうかがい知ることはできません。複雑な感情が絡み合い、時にご家族の方々に後悔や寂しさが残るようなこともあるかもしれません。これまでも在宅医療は患者さんの療養生活全般に関わるテーラーメードなサービスを提供することを目指しているとお伝えしてきました。
ですがこの患者さんとご家族との出会いは、私たちに何ができて、そしてどこまでするべきだったのか。さらにもっと踏み込むべきだったのか、またこんな時どうすればよかったのか。改めて考えるきっかけとなる診療でした。