以前、機能と能力を回復させる攻めのリハビリでは、「脳の画像診断」が重要だとお話ししました。脳卒中などで脳に損傷がある場合、適切なリハビリ計画を立てるには、脳の画像から「どこまで回復するのか」「どんな障害が残ってしまうのか」といったことを判断する必要があるからです。
ただ、脳の画像診断が重要なのは、脳に損傷がある患者さんだけではありません。骨折や脊椎の手術後に来院される運動器疾患の方や、肺炎などさまざまな手術後の廃用症候群で来られる患者さんでも、脳の状態でそれぞれ回復の度合いが異なるからです。
リハビリへの意欲があり、訓練治療や自主訓練を繰り返せる患者さんは良くなります。しかし、そうではない場合は回復が難しい現実があります。脳の画像診断によって、それらをある程度は判別することができるのです。
リハビリ治療による人間力の回復には、①年齢②脳の状態③発症前の筋力・体力・認知機能の状態④今回の病巣⑤発症後の廃用症候群の有無が影響します。
①と③は変更しようがありませんが、②④⑤は対策が可能です。⑤に関してはこれまでお話ししてきたように、疾患の発症後や手術後に、迅速に重力を感じるリハビリ治療を行うことで予防できます。 脳卒中などの脳疾患であれば、②と④は脳の画像診断でもともとの脳の状態と今回の脳損傷で脳がどう変化したかを評価し、可能な回復戦略を練ります。
■訓練を行う能力が残っているかがわかる
一方、運動器疾患や廃用症候群の場合は、脳は関係ないだろうと考えがちです。しかし、それは違います。先ほどお話ししたように、人間力を回復するためのリハビリ治療を希望するのか、それを自主訓練として継続する能力が残っているかどうかが脳の画像診断で大まかにわかります。
脳組織の左右非対称性や脳萎縮度、加齢性脳変性、陳旧性脳卒中痕や脳外傷痕などを評価し、脳動脈や頚動脈の異常や動脈硬化度も評価します。
どこまで回復できるのか、そのためにはどのようなリハビリを行えばいいのかを判断できれば、回復のための適切なリハビリ計画を立てることが可能になるのです。
運動器疾患や廃用症候群の患者さんの脳の画像診断で、脳卒中などの脳損傷が見つかれば、今回のリハビリ治療に加えて、脳卒中の再発予防と脳科学リハビリテーション治療の要素をプラスする対応が必要になります。
一方、脳卒中などの脳損傷がなければ大丈夫かというと、決してそうではありません。人間力を回復させるリハビリが必要になる患者さんのほとんどは80歳以上で、その多くの方に脳萎縮が存在しているためです。
脳萎縮の詳しい状態は脳の画像診断で明らかになります。とりわけ、どこに脳萎縮があるのかを把握することが大切です。①脳幹や小脳に萎縮が強いのか②前頭葉と側頭葉に萎縮が強いのか③前頭葉、側頭葉、頭頂葉のすべてに萎縮が強いのか④側頭葉の海馬の萎縮が特に強いのか……これらはすべて脳の画像でわかります。
ただし、脳萎縮の画像診断を行うだけでは意味がありません。それにプラスして、患者さんの状態を詳しく評価することが必要になります。とりわけ、認知機能と精神症状の評価が重要です。
認知機能では、「記憶機能」、ひとつのことを意識して集中する「注意機能」、計画を実行したり効果的な行動をする「遂行機能」、間違いを改める「修正機能」がどうなっているのか、物を認識できるのか、日中に覚醒状態が変動するのか、取り繕いがあるのかなどを評価します。精神機能では、怒りっぽくなる「易怒性」があるのか、「被害妄想」があるのか、「幻視」や「幻覚」があるのか、夕方になるとそわそわとせん妄が始まり夕暮れ症候群が起こるのか、情動の調節がうまくいかず過度に感情が表れる「感情失禁」があるのかなど評価します。
脳萎縮に加えて精神・認知機能障害があれば、ADL(日常生活動作)も低下します。その場合、回復期病院に入院して初めて認知症と診断されるケースもあります。
脳のどの部分が強く萎縮しているのか、認知機能と精神症状の状態によって、生じる機能障害や能力障害は変わってきます。それらをきちんと診断・評価して、何ができて何ができないかを把握すれば、それぞれに応じたリハビリや治療を適切に行えるようになるのです。われわれが執筆した著書「リハに役立つ脳画像」や、作成したeラーニング「脳シル」を使うと、一般の方でも簡単に脳画像を学ぶことができます。
先に少しだけ触れた認知症の種類や病態、治療やリハビリについては、後日あらためて詳しくお話しします。