上皇の執刀医「心臓病はここまで治せる」

はやりの「16時間断食」は心臓にとってマイナスなのか

天野篤氏
天野篤氏(C)日刊ゲンダイ

 近年、効果が期待できるダイエット法として「16時間断食」が話題です。1日24時間のうちの16時間は一切何も食べず、残りの8時間は自由に好きなものを飲食してよいというダイエットです。われわれ人間は、通常は糖質をエネルギー源にして活動していますが、空腹の時間が続くと中性脂肪を分解して産生されるケトン体をエネルギー源として使うようになります。そのため、ダイエット効果が望めるというのです。

 また、人間は空腹状態が16時間を超えるとオートファジーという機能が体内で活性化します。飢餓状態になった細胞が生き残ろうとして古くなった細胞を自食し、新しい細胞に生まれ変わる仕組みがあるのです。このオートファジーは生活習慣病や感染症の予防、老化を抑える働きがあるとされていて、16時間断食は健康に良い食事法としても注目されていました。

 しかし、今年3月、アメリカ心臓協会の学術集会で発表された予備的研究の結果によると、インターミッテント・ファスティング(断続的断食)、中でも16時間断食は心血管疾患のリスクが上がる危険性があると報告され、話題になっているのです。

 研究は03~18年に米国の「全国健康・栄養調査(NHANES)」に参加していた2万人以上の成人を対象に行われ、1日の16時間を断食して残り8時間で食事を取る人は、1日の12時間から16時間の中で食事を分けながら取る人に比べ、心血管疾患の死亡リスクが91%高くなっていたといいます。また、心血管疾患の診断を受けている人が食事をしてよい時間を8時間以上10時間未満に制限していた場合、心血管疾患または脳卒中の死亡リスクが66%上昇していたこともわかりました。

 これまで、ダイエットや健康維持に効果があるとされていた食事法だっただけに、この研究を主導した上海交通大学医学院のビクター・ウェンズ・ゾン氏は、「時間を制限しながら食事をする人々が心臓疾患で死亡しやすいことがわかって驚いている」とコメントしています。

 ただ、この研究は「2日間の食事データ」を調査したもので、それ以外の期間に対象者がどんなものをどのように食べていたかがわかりません。また、心血管疾患リスクに影響を及ぼす要因である年齢、社会・経済的地位、生活習慣なども明確にされていないことから、不十分だという意見が寄せられています。

 たしかに、16時間断食を積極的に行っていた人は、もともとBMI(体格指数)が高い肥満気味の人が多かった可能性があります。肥満は心血管疾患の代表的なリスク因子なので、死亡リスクがアップするのは当然といえます。

■肥満の解消はプラスになるが…

 とはいえ、断食を含むダイエットはトータル的に見れば心臓にとってマイナスになりうると、個人的には考えています。もちろん、肥満は高コレステロール、高血糖、高血圧のリスクを高め、動脈硬化を促進して心血管疾患を発症しやすくするのは間違いありません。ですから、肥満を解消するためのダイエットは心臓にとってはプラスといえます。しかし、そのために食べない=断食や極端な食事制限を行うことは、心臓にとっては逆効果になってしまう危険があるのです。

 一般的に「食欲」「性欲」「睡眠欲」が人間の3大欲求といわれています。そのうち、性欲と睡眠は加齢によって欲する度合いが変化して、減少していくといえるでしょう。年をとると、疲れていたりお酒を飲んで酔ったりすると、性欲が減退するケースが増えてきます。また、高齢になるとやたらと朝早く目覚めたり、若い頃のように長時間の睡眠がとれなくなったりします。

 しかし、食欲は人間が二足歩行しているうちはだいたい等しく存在しているといえます。加齢によって食べる量は減ってくるかもしれませんが、「あれを食べたい、これを食べたい」という願望はそれほど衰えないものです。それだけ、食欲は人間にとって重大な欲求なのです。

 そもそも、生物が生きていくためには栄養摂取が欠かせません。そのためのいちばん手軽な方法は口から食べることです。終末期の患者さんは、徐々に体の機能が落ちてきて食事や水分をとれなくなり、そうなってから約2週間で亡くなる方がほとんどです。「食べる=生きる」といってもいいでしょう。そんな食欲にあらがって、ダイエットしたり健康を維持しようというのは、そもそも理屈として正しくないといえます。

 たとえば、欲求を過度に抑え込むと強いストレスが生じ、ストレスは心臓にとって大敵となります。ストレスを受けると交感神経が優位になり、ストレスホルモンが大量に分泌されて、心拍数を増加させたり、血流を増やして血管を収縮させる作用によって血圧の上昇を招きます。さらに、ストレスホルモンの影響で血糖値やコレステロールの数値も高くなるため、心血管疾患のリスクがアップします。食欲を過度に抑える行為は、肥満と同じくらいのリスクを招くことも考えられるのです。

 循環器疾患の領域では、食事内容や食習慣が心血管疾患とどれくらい関係しているのかについての研究が世界中で実施されています。それもこれも、人間にとって食欲は欠かせない原点だからといえます。

 今回の断続的断食の研究のように、食欲を犠牲にして健康を維持するという方法が果たして人間にとってプラスになるのかどうか──。今後、ますます盛んに議論されるでしょう。

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天野篤

天野篤

1955年、埼玉県蓮田市生まれ。日本大学医学部卒業後、亀田総合病院(千葉県鴨川市)や新東京病院(千葉県松戸市)などで数多くの手術症例を重ね、02年に現職に就任。これまでに執刀した手術は6500例を超え、98%以上の成功率を収めている。12年2月、東京大学と順天堂大の合同チームで天皇陛下の冠動脈バイパス手術を執刀した。近著に「天職」(プレジデント社)、「100年を生きる 心臓との付き合い方」(講談社ビーシー)、「若さは心臓から築く 新型コロナ時代の100年人生の迎え方」(講談社ビーシー)がある。

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