患者が語る 糖尿病と一生付き合う法

もし私が異常な振る舞いをしていたら、それは低血糖のため

平山瑞穂氏
平山瑞穂氏(C)日刊ゲンダイ

 ミュージシャンのジミ・ヘンドリックスは糖尿病だったが、飛行機内でインスリン注射をしようとしたら、麻薬と間違われて逮捕された、という逸話がある。

 実話かどうかは不明だが、いずれにしてもこれは、現在のような扱いやすい注射器が普及していなかった時代ならではの話だろう。今は一見マーカーにしか見えないペン型の注射器が主流で、打つ部位も下腹部が普通なので、怪しい注射と見まがわれることはまずない。

 飲食店などでは、僕も場数を踏んでいるので、誰にも気付かれないうちにさっさと済ますのがお手のものになった。お腹の辺りで何かゴソゴソやっていても、遠目にはスマホでもチェックしているようにしか見えないだろうからだ。それでも人前で注射をするのは、変に思われはしまいかと今でも一定の緊張を強いられることがある。

 特に飛行機、それもエコノミークラスだと、隣席との間隔が狭いだけに、食事のたびに何となく人目をはばかってしまう。

 いやそれ以前に、9・11以降は機内に持ち込める荷物のチェックが厳しくなり、インスリンについても事前に航空会社に申告することが必要になっている。また、それに伴って、「ダイアベティックデータブック」なる証明書のようなものの携帯も求められる。

 かかりつけの医院が発行するもので、糖尿病患者としての基礎データやインスリンの処方などが書き込んであるのだが、背表紙には英語でこういう意味の注意書きがある。

「もし私が異常な振る舞いをしていたら、それは低血糖のためです」

 砂糖なり、それを含む飲み物なりを与えれば、10分程度で症状が改善されるはずであると書いてある。

 実際にこれが必要になる局面に立ち至ったことは今のところないのだが、この文面を改めて眺めてみると、苦笑を禁じ得ない。身をもって経験するまで正体がわからなかった「異常な言動」が、ここでも言及されているからだ。

平山瑞穂

平山瑞穂

1968年、東京生まれ。立教大学社会学部卒業。2004年「ラス・マンチャス通信」で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。糖尿病体験に基づく小説では「シュガーな俺」(06年)がある。

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