「脳を使い続ける」「親の脳を悩ませる」ことが、認知症の発症、進行を遅らせるために有効であることは臨床経験の豊富な医師のおおむね一致した意見だ。だからこそ、認知症の高齢者、その予備群ともいえる中高年の子ども世代は、新しいことへの好奇心を失わずチャレンジを忘れないことだ。ルーティン化した生活をリセットするために、新しい交友関係、新しい趣味へのトライ、未体験のエリアへの旅、はじめての飲食店、スポットの訪問などを意識的に取り入れるべきだ。大切なことは少しでも好奇心が芽生えたら実行するということ。これが脳を使うこと、悩ますことにつながるのだ。
認知症の親を持つ子どもは日ごろから親の好奇心を刺激し、さらに行動を促すことを忘れないほうがいい。たとえば、テレビを見ている親が「立川志の輔っておもしろいな」とつぶやいたら寄席に行く。「鹿の肉なんてうまいのかな?」ならジビエ専門店に足を運ぶ。「『万引き家族』とは変なタイトルだな」なら映画館に連れ出してみればいい。「『純烈』って変わったグループね」という高齢の母親ならスーパー銭湯へ連れて行くことだ。そうしたシーンでは、高齢な親にも新しい発見がある。「想定外」に対する心理的反応も生まれる。
■新しいチャレンジは脳の老化を遅らせる
認知症にかぎらず、老化による脳(前頭葉)の萎縮は新しいものへの適応力の劣化を招く。だからこそ、はじめは尻込みしたり、戸惑ったりしても、新しい情報を入力する機会を増やしてあげるべきなのである。それが脳の老化を遅らせるだけでなく、そうした経験によって、さらに好奇心に火がついたり、行動への意欲が湧いてきたりすることも少なくない。
知人から聞いた話がある。70代後半の両親をハワイ旅行に連れ出そうとし、成田空港でイザ搭乗となったとき、母親が「帰る」と言い出したそうだ。生まれてはじめての海外旅行におじけづいたのである。なんとか言いくるめて無事旅立った。すると駄々をこねた母親は帰国すると別人のようになり、以来、海外旅行マニアに変身した。そればかりか、英会話の勉強をはじめたというのである。
脳科学の面から考えても、人は経験したことのないシーンでは、これまで使ったことのない前頭葉の機能が活性化する。生まれてはじめての海外旅行など、まさにそれだ。
新しいチャレンジは新しい情報の入力につながる。入力された情報の出力、つまり会話や記述の機会も増える。これが脳の老化を遅らせる。
ただし、新しいことへのチャレンジがすべて有効かといえば、そうとは限らない。「脳の活性化にいいから」と認知症の高齢者などにもともとの趣味でもない数独、計算、パズルを推奨する人がいる。私はその効果に否定的だ。たしかに計算の能力を高めるかもしれないが、脳の他の機能を高めることはない。このことは実験で明らかになっている。マニュアルがわかれば自動的にこなせるエクササイズでは、その効果は極めて限定的だといっていい。
新しいチャレンジのテーマ選びは、「想定外」を体験すると同時に、機嫌よく、意欲を駆り立てられるものがいい。