第一人者が教える 認知症のすべて

認知症でみられる「アパシー」 自分にも周囲にも関心がなくなり何もやろうとしなくなる

自分や周囲に関心を持たなくなり、何もやろうとしない…
自分や周囲に関心を持たなくなり、何もやろうとしない…

 前回に続き、「アパシー」に触れたいと思います。

 アパシーは、自分のことにも周囲にも関心を持たなくなり、何もやろうとしなくなる状態。一見、うつ病と非常に似ています。

 しかし、病態も治療も対処法も、うつ病とアパシーは異なります。

 脳イメージング研究では、うつ病では脳機能が亢進している部位が認められるという報告があります。

 脳の側頭葉の内側にある扁桃体では情動刺激への活性が、大脳辺縁系の一部である海馬ではネガティブな情動刺激に対する活性が、同じく大脳辺縁系の一部である前部帯状回ではネガティブな自己関連づけに対する活性が、いずれも亢進されているというのです。

 しかしアパシーでは、脳の機能で亢進している部位は認められません。むしろ、前頭葉・大脳基底核・視床サーキットを中心とした部位の機能低下が報告されています。

 うつ病の治療では、抗うつ薬などの薬物療法が効果を発揮します。個人の置かれた心理社会状況が関係している病気なので、それらを考慮した心理療法、社会的介入も行われます。一方、アパシーは抗うつ薬が効きません。認知症の薬の一つ、コリンエステラーゼ阻害薬で改善が見られる場合があるものの、それ以上に、患者さんの自由さは保ちつつ、周囲が本人に合った達成可能な目標を定め、積極的に患者さんを動かすようにすることが重要です。

【やる気スコア】
【やる気スコア】/(C)日刊ゲンダイ
アパシーは喜怒哀楽はなくなるが、苦痛や不安もない

 うつ病とアパシーでは、具体的にどういうところが異なるのでしょうか?

 うつ病では、気分の落ち込みや悲哀感、不安、イライラ、焦燥などの強い苦痛を伴う感情障害があります。表情も暗い。

 これまで趣味だったことにも、興味を抱けなくなる。ネガティブな思考パターンを繰り返し、自分を責め、自信を失い、ときに死んでしまいたいと思うことも。

 自身の不調を過度に気にし、「認知症になってしまった。もう自分はダメだ。これからどうやっていけばいいのか。家族に申し訳ない」などと、強い不安を抱く。

 また、うつ病では身体的不調も見られます。動悸、のぼせ、発汗、倦怠感、不定愁訴、不眠、過眠、食欲低下などです。一般的に、午前中が不調という日内変動もあります。

 アパシーは、行動、認知、情動、社会的側面に関して、目標に向けた行動が減るのが主症状。表情は乏しいですが、うつ病のように「苦痛」は感じていません。「うれしい・楽しい」というプラスの感情もなければ、「悲しい・怒り」というマイナスの感情もないのです。

 認知症による物忘れがあっても、自覚はすれど、不安は抱かない。関心がない。

 うつ病もアパシーも活動性が低下するのですが、うつ病は行動する必要性を認識しており、でも精神運動性の抑制症状で行動に移せず、それに葛藤を抱いている。それに対し、アパシーではモチベーションが障害されており、行動する必要性は認識しておらず、よって葛藤も抱いていない。

 なお、アパシーには、評価スケールとして「Apathy Scale(日本語版『やる気スコア』)」があります。14項目あり、点数が高いほどアパシーが強いということになります。

新井平伊

新井平伊

1984年、順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年からアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と研究を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入した。著書に「脳寿命を延ばす 認知症にならない18の方法」(文春新書)など。

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