認知症の「認知機能障害(中核症状)」には、前回紹介した記憶障害のほか、見当識障害、失語、視空間認知障害、遂行機能障害などがあります。「アルツハイマーは初期に記憶障害が目立ちやすい」といったことはありますが、原因によらず、どの認知症でも症状が進行するにつれ、さまざまな認知機能障害が生じてきます。
見当識障害は、「今がいつか(時間)」「自分がどこにいるか(場所)」「この人はだれか(人物)」といった能力(見当識)が障害されること。
アルツハイマーでは記憶障害によって見当識障害が生じることも多く、初期では「今日は何月何日」といった日時がわかりづらくなるケースがよくみられます。
そして症状が進むにつれ「自分がどこにいるか」がわからなくなり、さらに進行すると「この人はだれか」がわからなくなる。認知症を発症したお父さん・お母さんが、息子・娘を見てもだれかわからなくなった--といった話を聞いたことがある人もいるのではないでしょうか。
ハリウッドスターのブルース・ウィリスさんが2022年3月に失語症を理由に俳優業からの引退を表明しました。今年2月には、前頭側頭型認知症と診断されたことを家族が発表しています。一連の報道で「失語症」という言葉を初めて知った人もいるかもしれません。
失語は脳の言語中枢が損傷を受けることで、「言葉を発す」「言葉を聞いて理解する」「ものの名前を正しく呼称する」「文字や文章を正しく読み書きする」ことへの障害が生じます。認知症だけが原因ではなく、最も多い原因は脳梗塞や脳出血などの脳血管障害。事故で脳を損傷して起こるケースもあります。
視空間認知障害は、認知症の中等度障害の段階で重要な症状です。アルツハイマーで早期から視空間認知障害が出ると、認知機能の低下が早まるとも報告されています。
視空間認知障害が生じると、視力は障害されていないにもかかわらず、顔や物を認識できない、物を見つけ出せない、外界の様子や立体構造が理解しにくいなどの症状が見られます。
具体的には、これまで難なく描けた図形を描けなくなる。手指の形を真似できなくなる。運転で道に迷う。よく知っている場所で道に迷う。服を着ようとしても、服の認知はできているが、腕を袖に通せない。左右・上下を逆に着てしまう。
認知症のスクリーニング検査のひとつに、検査者が手でハトやキツネの形をし、それを真似してもらう方法があります。認知症でなければ簡単に真似できますが、視空間認知障害があると、これができなくなります。
遂行機能障害は、簡単に言うと、物事を段取りよく進められなくなること。「料理好きだった母親が認知症で料理をしなくなった」という話をよく聞きますが、「料理をしなくなった」というより、遂行機能障害によって、「料理ができなくなった」可能性もあります。
ただし、いずれも「もともとはできた人ができなくなった」場合。ほとんど料理をしてこなかった人が、料理をしなくなったからといって、それは遂行機能障害ではありません。
そして認知機能障害の説明ということで「できなくなる」ことばかりを挙げましたが、これらはすべてが出てくるわけではありませんし、何年もかけてゆっくり出てくるもの。
認知機能障害があっても自活できている人は少なくありませんし、それが難しくなっても、周囲の手を借り1人暮らしをされている人は珍しくありません。
まずは慌てず医療・介護関係者と連携を保って対応を相談されればいいので、そう悲観的にならずに人生をエンジョイしていきましょう。それが、進行予防にもつながります。