医療だけでは幸せになれない

マスクの効果を検討した「メタ分析」…1つの論文で多くの論文情報が手に入る

猛暑の中、日傘を差す人(C)共同通信社
猛暑の中、日傘を差す人(C)共同通信社

 マスクの着用を勧めることによる感染予防効果をデンマークとバングラデシュで行われた2つの研究を通して検討してきた。こうして一つ一つの論文を検討するには、探すのも大変だし、さらにそれを読むのにも手間がかかる。また見逃している論文があるかもしれない。

 そこで、その手間を大幅に軽くしてくれる情報として「メタ分析」「メタアナリシス」の論文がある。マスクの効果を検討した論文を集めて、1つの論文として読めば済むようにしてくれているものである。個々の論文で分析された結果を集めて分析する、分析の分析、メタ分析というわけである。

 今回はマスクの感染予防効果を検討した論文を集めて分析した、メタ分析の論文を紹介しよう。

 この論文では、マスクの予防効果を検討した1つのランダム化比較試験、1つの非ランダム化介入研究、4つの観察研究を統合している。

 ランダム化比較試験は本連載で紹介したデンマークの研究である。バングラデシュの研究は含まれていない。観察研究とは、ランダム化比較試験のように研究実施側がマスクを勧める群と勧めない群を意図的に分けるのではなく、現実の世界でマスクを着けている人と着けていない人での発症率を比較したり、コロナに感染した人としていない人で、過去にマスクを着けていたか・いないかを比較したりする研究である。ランダム化比較試験と比較すると交絡因子や自己選択バイアスの影響を受けやすいという欠点があるが、より一般的な集団を対象にしているというメリットもある。

 メタ分析は一般に最も信頼に値する論文と考えられているが、必ずしもそういうわけではない。メタ分析の結果が後の単独のランダム化比較試験で否定されることもしばしば起きる。

■さまざまなバイアスの影響を受けやすい

 バイアスという点ではメタ分析の方がさまざまなバイアスの影響を受けやすい。「出版バイアス」といって、「効果がある」という論文が出版されやすいために効果を過大に評価してしまう可能性が高く、論文を選択する過程で「効果がある」という論文、また逆に「効果がない」という論文に偏って選ぶような作為が働く危険がある。個々の論文のバイアスはそのまま影響が残るし、さまざまな研究をごちゃ混ぜにすることで効果を過大に評価したり、過小評価したりする危険もある。

 この論文では4つの観察研究が含まれているが、観察研究では「効果あり」という結果が出たものが発表されやすく、効果を過大に評価する危険がある。事実、この論文で利用された観察研究のうちの2つには「重大なバイアスの可能性がある」と評価されている。

 ランダム化比較試験の統計学的に差がないという研究の解釈もそう単純ではなかったように、メタ分析の結果なら信頼できるというのも、またあまりにナイーブな考えである。

 こうした問題点を踏まえた上で結果を見てみよう。結果は相対危険と95%信頼区間で示されており、0.47(0.29~0.75)と報告されている。100の感染を47に減らし、効果を小さく見積もっても100から75にまで減らすという結果である。相対危険0.82というデンマークの研究を含んでいるにもかかわらず、それに比べてはるかに大きな効果を示していることからもわかるようにランダム化比較試験以外の研究では全て統計学的にも有意な効果を報告し、それぞれの研究の相対危険も0.21から0.77の範囲にある。

 この違いをどう考えるかであるが、ランダム化比較試験以外ではマスク着用者と非着用者を比べているのに対し、ランダム化比較試験ではマスクを勧めるという指示をした結果、40%程度がマスクを着用しているにすぎず、マスク着用の効果を過小評価している可能性が高い。ただ、ランダム化比較試験以外の研究では、マスク以外の予防行為が交絡している可能性や、そもそも感染リスクが低い自己選択バイアスの影響もあり、効果を過大評価しているかもしれない。

 そう考えると、マスク着用の効果は「100から82まで感染を減らす」というランダム化比較試験の結果と、「100から47にまで減らす」というメタ分析結果の間にある、というのが妥当な判断かもしれない。

名郷直樹

名郷直樹

「武蔵国分寺公園クリニック」名誉院長、自治医大卒。東大薬学部非常勤講師、臨床研究適正評価教育機構理事。著書に「健康第一は間違っている」(筑摩選書)、「いずれくる死にそなえない」(生活の医療社)ほか多数。

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