がんや心臓病より怖い

孤独<6>遺伝子検査で自殺リスクが分かる?

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写真はイメージ(C)日刊ゲンダイ

 遺伝子レベルで自殺の研究が進んでいます。自殺者や自殺願望の強い人と、そうでない人のサンプルを集め、遺伝子を比較して、違いを見つけだそうというのです。

 すでにいくつかの遺伝子が候補として見つかっています。中でもアメリカのジョンズ・ホプキンス大学で行われた研究が有名です。自殺を試みた262人の被験者を調べて、SKA2と呼ばれる遺伝子の働きが下がっていることを明らかにしたのです(American Journal of Psychiatry/2014年)。この遺伝子は、悲観的な感情や、それに伴う衝動的な行動を抑える働きがあるとされています。いわば「自殺予防遺伝子」です。

 ただし、SKA2の塩基配列(遺伝情報)自体には、これといった違いは見つかりません。ところが自殺願望の強い人では、SKA2にメチル基と呼ばれる小さな分子が結合(メチル化)していることが分かったのです。

 体内では、SKA2に限らず、さまざまな遺伝子をメチル化したり、脱メチル化(メチル基を外す)したりして、その働きを調整しています。メチル化すると、遺伝子のスイッチが、いわばオフの状態になります。脱メチル化すれば、再びオンになります。このような遺伝子の制御を「エピジェネティクス」と総称しています。どんなきっかけで、どの遺伝子がオン/オフするのか、まだほとんど分かっていません。またエピジェネティクスは後天的なものなので、親から子へと遺伝することはないとされています。自殺願望が強い人は、メチル化によりSKA2遺伝子がオフ状態になっていた。そのため、自分の感情を抑えきれず、行動に及んでしまったと考えられます。なぜSKA2遺伝子がオフになったのか、原因は分かっていません。しかし、孤独感が強い人ほど自殺傾向が強いのですから、逆に孤独感こそがSKA2遺伝子のスイッチをオフにする有力な要因のひとつなのかもしれません。

 SKA2遺伝子の働きが低下すると、不安感が増すため、抗ストレスホルモンであるコルチゾールの濃度が上昇することも分かってきました。コルチゾールは、ストレスからわれわれを守る大切な働きを担っています。

 しかし、先日もお伝えしたとおり、血中濃度が高い状態が続くと、高血圧、高血糖、寝不足など、体にさまざまな悪影響が出やすくなります。

 このように、SKA2遺伝子のエピジェネティクスは、孤独による健康問題や自殺問題を理解する上で、重要なカギのひとつになりそうです。

 しかし残念ながらSKA2遺伝子がメチル化されているかどうかは、簡単に調べることができません。そのため、世界中の研究者や製薬会社が、血液などから簡単に自殺を予測できる検査方法を開発しようと、しのぎを削っています。現時点では、うつ病や双極性障害(いわゆるそううつ病)の血液検査が開発されつつあります。近未来には「孤独度」や「自殺確率」を数値化できる検査が登場するかもしれません。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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