がんと闘うための4つの最新データ 医療情報学教授が分析

部位別(主要部位)
部位別(主要部位)「がんの統計 2022」(がん研究振興財団)
胃がんの年齢調整死亡率が大幅に低下した

 主要部位に限れば、男女とも胃がんの年齢調整死亡率が劇的に下がっている。この図の縦軸が対数目盛りになっていることに注目して欲しい。2000年前後と比べても、年齢調整死亡率が半分以下になっていることが分かる。

 男性ではほかに、肝臓がんと肺がんの年齢調整死亡率が1990年代を境に下がり続けており、また大腸がんと前立腺がんでも低下傾向にある。喫煙・飲酒量が減ったことや、大腸がん検診と肺がん検診の受診率が上がったことなどによると考えられる。69歳以下の大腸がん検診の受診率は、2010年では約28%だったが、2019年には約48%に向上した。また肺がん検診の受診率は、同時期に約26%から約53%になった。

 女性では、肝臓がんの年齢調整死亡率が大幅に低下した。しかし、乳がんは増え続けている。69歳以下の乳がん検診受診率は、近年徐々に増え続けているが、それでも2019年時点で約47%である。

 子宮がんは、記録が始まった1958年から一貫して低下し続けてきたが、2010年ごろを境に増加に転じた。子宮頚がん(子宮がんに含まれる)が増えていることによる。子宮頚がんは、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染で発症することが多いが、ワクチンによって防ぐことが可能である。

都道府県別75歳未満がん年齢調整死亡率(2020年)
都道府県別75歳未満がん年齢調整死亡率(2020年)「がんの統計 2022」(がん研究振興財団)
“海なし県”は年齢調整死亡率が低い

 日本人は均質で、医療の地域差も小さいと言われているが、都道府県別のがん年齢調整死亡率を見ると、かなりの違いがある。

 図は75歳未満の男女合計の年齢調整死亡率だが、北関東・中部・関西の日本海側などで低くなっていることが分かる。男性では、海なし県(内陸県)の年齢調整死亡率が低くなっている。具体的には群馬県・山梨県・長野県・岐阜県・滋賀県・奈良県などで、最も低いのが長野県(人口10万人当たり67.9人)である。

 逆に日本列島を北に行くほど、西に進むほど、がん死亡率が上昇する。男性で最も高いのは青森県(同113.7人)で、長野県の約1.7倍となっている。つまり青森県の75歳未満の男性は、長野県の同世代の男性よりも、がんで亡くなるリスクが70%も高い。

 女性は男性とやや異なり、甲信越と琵琶湖周辺、そして中国地方などが低く、北海道や東北が高くなっている。年齢調整死亡率が一番低いのは福井県(同42.5人)で、一番高いのはやはり青森県(同64.5人)である。ただし男性ほど顕著な偏りは見られない。

 青森県は特殊だが、男性では海なし県と東北や九州とで、がん死亡率が1.2~1.3倍違っている。その理由は分かっていない。海なし県には、全国的に有名ながん専門病院はほとんどない。それどころか医師不足が深刻である。

 偶然なのか、環境なのか、縄文人と弥生人の混血の度合いなのか、いろいろなことが考えられる。時間があれば、独自の仮説を考えてみるのも、いい頭の体操になるだろう。

がん年齢調整死亡率年次推移(1958年~2020年)
がん年齢調整死亡率年次推移(1958年~2020年)「がんの統計 2022」(がん研究振興財団)
がん年齢調整死亡率は下がり続けている

 全がんの年齢調整死亡率の推移である。基準となる時点(日本では1985年)の年齢構成に当てはめた場合の、各年のがん死亡率だ。といっても分かりにくいかもしれない。年齢調整死亡率が低いほど、若くして死ぬリスクが低いと考えればいい。

 男性(全年齢)では、1990年代中ごろをピークに、急速に下がり続けている。とくに75歳未満に限れば、1990年代と比べて、がんで亡くなるリスクが3分の2に下がっている。現役世代や前期高齢者(65~74歳)で、がんで亡くなるリスクは急速に低下しているのである。

 女性では統計を取り始めた1958年から一貫して、死亡率が下がり続けている。とくに75歳未満に限れば、1958年の5分の1以下、2000年と比べても半分以下に下がっている。

 年齢調整死亡率が下がり続けているのに、がんの死亡数が増え続けているのは、亡くなる人が高齢側にシフトしていることと、75歳以上の後期高齢者が増えたことが原因である。後期高齢者になると、がんで亡くなる人が急増する。いまは団塊世代が後期高齢者(75歳以上)に到達しつつあるので、今後10~15年間にわたって、がんの死亡数は増加し、高止まることが予想される。しかし2040年以降は、死亡数も急速に減少するはずである。

2021年がん死亡数・罹患数予測
2021年がん死亡数・罹患数予測「がんの統計 2022」(がん研究振興財団)
膵臓、肺のがんはまだ怖い

 がんの死亡数、罹患数(新規がん患者数)の実数は、図のようになっている。いずれも2021年になっているが、この種の統計は1~2年遅れて公表されるのが普通である。「予測数」というのは、まだ数字が確定していない、概数という意味である。2021年にがんで亡くなった人は男女合わせて37万8600人、罹患数は合計100万9800人だった。

 死亡数を見ると、男性では、肺・大腸・胃・膵臓・肝臓で全死亡数の64%を占める。女性では大腸・肺・膵臓・乳房・胃の順で、これだけで61%である。

 とくに膵臓がん、肝臓がんは予後が悪いことが知られている。膵臓がんの5年(相対)生存率はステージⅠでも53.4%に過ぎず、肝臓がんも63%である。ステージが上がれば、もっと下がるのは言うまでもない。ステージⅣで見つかった場合、5年生存率は膵臓がんで1.5%、肝臓がんで4.5%である。

 罹患数については、男性では前立腺がんがトップに立っている。ところが死亡数で見ると6位にとどまっている。前立腺がんは進行が遅く、ステージⅠ~Ⅲであれば、5年相対生存率は100%である。実は10年生存率でも100%で、そのため見つかっても治療せず、経過観察となる場合が多い。とくに高齢者では、がんの進行より寿命のほうが早い場合もある。

 肺がんの罹患数は、男性で4位、女性で3位だが、死亡数では男性でダントツ、女性でも2位になっている。肺がんは小細胞肺がんと、非小細胞肺がんに分かれている。とくに小細胞肺がんの予後が悪い。ステージⅠでも5年相対生存率は48%に過ぎず、ステージⅣではわずか2%である。非小細胞肺がんも、大腸がんなどと比べるとかなり予後が悪い。肺がんで助かりたかったら、早期発見するしかない。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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