ガイドライン変遷と「がん治療」

乳がん<5>「部分切除」より「全摘」を選ぶ患者が増えたワケ

(C)ipopba/iStock

 数カ月に及ぶ薬物治療が終了すると、いよいよ手術です。手術の方法は20世紀にほぼ確立されているので、診療ガイドラインの初版(手術に関しては2005年)から現在に至るまで、大きな変化はありません。進行度に応じて切除範囲(全切除か部分切除か)とリンパ節郭清の有無が分かれます。

 部分切除はステージⅡまで。ただし腫瘍の大きさが3cm以下とされています。ステージⅡでも、これより大きくなると全切除を勧められます。小さな腫瘍でも、同じ乳房に複数あるケース(多発がん)は「部分切除の対象から除外すべき」だと書かれています。一方、診断時にはステージⅢでも、術前薬物療法で十分に縮小していれば、部分切除が可能とされています。

 美容や心理的な問題から、部分切除を希望するひとが増え続けてきましたが、最近では逆に全切除を希望する患者が増えつつあります。というのも部分切除を行ったひとは、再発予防のため、術後の放射線治療が強く推奨されているからです。さらに、せっかく部分切除しても、術後の病理診断でがんが完全に取り切れていないと分かれば、「再手術」(弱く推奨)を考える必要が生じます。

 一方、ステージⅡまでなら、部分切除と全切除で、生存率に差がないことが分かっています。全切除すれば、放射線を当てなくて済むし、再手術のリスクもなくなるのですから、どちらを選ぶか悩ましいところ。そんな折、インプラントによる乳房再建手術が保険適用になったのでした(2013年)。

 それ以前も、自分の体の一部を使った再建手術が保険適用になっていましたが、大きな手術が必要になるため、敬遠する患者も多かったのでした。それがインプラントを使えば比較的簡単に再建できるので、無理に部分切除にする必要はないと考える患者が増えたということです。いまでは全切除を選ぶひとのほうが多くなったと言われるほどです。

 ところが2019年7月に、それまで使われていたインプラント製品が、ある種のがんを誘発するとして、使用できなくなり、現場ではちょっとした混乱が生じました。しかし10月になって後継製品が承認され、現在は終息しています。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

関連記事