あなたを狙う「有毒」動物

「蚊アレルギー」強い皮膚症状の原因はEBウイルスにあり

(C)ipopba/iStock

 蚊に刺されると、痕が赤く腫れて痒くなります(蚊刺症:ぶんししょう)。これは蚊の唾液に対するアレルギー反応で、即時型と遅発型の2種類に分かれています。

 即時型は刺された直後から起こる痒みと腫れで、ほとんどすべての人に生じます。しかし症状は軽く、早い人で15分程度、長い人でも数時間で治まります。一方、遅発型は刺されてから数時間ないし半日後から生じる痒みや腫れです。大半は遅発型反応がまったく起こらないか、あったとしてもごく軽症で済みますが、中には1週間以上も断続的にぶり返す人もいます。しかしそれがもっと長引くことは滅多にありません。

 遅発型反応が強い人は、自分は「蚊アレルギー」だと思っています。しかし、医学的に言う蚊アレルギーはもっと強い症状がしつこく続きます。これには、局所症状と全身症状があります。局所症状は、刺し痕に直径数センチ、時にはニワトリのタマゴ大の水疱性の紅斑ができ、中心が潰瘍化して壊死し、かさぶたとなって痕に窪みができてしまうという、かなり痛々しいものです。しかも、かさぶたが取れるまで1カ月ほどを要します。

■高熱、リンパ節の腫れ、肝機能障害が出るケースも

 全身症状としては、刺されて数時間ないし1日後に高熱を発し、リンパ節が腫れたり肝機能障害が出たりすることもあります。通常のアレルギー反応とは異なっているため、正式には「蚊刺過敏症(ぶんしかびんしょう)」と呼ばれています。 蚊刺過敏症の引き金はたしかに蚊なのですが、その正体はまったく違っています。あるウイルスが背後に潜んでいるのです。「エプシュタイン・バールウイルス(EBウイルス)」といって、伝染性単核球症や悪性リンパ腫など面倒な病気を引き起こすことがあるウイルスです。

 EBウイルスは日本人の大半が持っていて、子供のうちに親から感染します。高熱が出たり喉が腫れたりと、普通の風邪と同じような症状が出る(伝染性単核球症)ことがありますが、ほとんど無症状の子供もいます。 思春期以降に初感染する人もいて、別名「キス病」とも呼ばれています。キスの相手の唾液から感染するからです。子供のものより重症化すると言われており、長い人では1カ月近く具合の悪い状態が続きます。しかしいずれにしても一過性の病気で、二度と罹ることはありません。

■EBウイルスが慢性化すると免疫が壊される

 ただし、EBウイルスは体内から駆逐されたわけではありません。B細胞と呼ばれる免疫細胞の一種に感染したまま、ほとんどの場合、宿主である人間が死ぬまでずっとおとなしくしています。その意味で平和主義なウイルスと言えます。

 しかし稀に慢性化する場合があり、恐ろしい側面を見せつけます。「慢性活動性EBウイルス感染症(CAEBV)」と呼ばれる病気を引き起こすのです。国内では毎年数十人が新規に発病していて、EBウイルスがB細胞以外の免疫細胞に感染して引き起こされることが分かっています。ただ、詳しいメカニズムはまだ解明されていません。

 患者の大半は子供ですが、きわめて稀に大人が罹ることもあります。発熱、倦怠感、リンパ節が腫れる、肝臓や脾臓が腫れるなどの症状が出て、それが数年にわたって強弱を繰り返しながら続くのです。

 ただし幼児のうちは、まだCAEBVの症状がほとんど出ていません。ですから、親もまさか自分の子供がそんな病気に罹っているとは思いもよりません。しかしある日、蚊に刺されたことをきっかけに、上述したような激しいアレルギー反応が起こるのです。最初のうちは比較的軽く、年齢を重ねるごとに重くなっていきます。

■かつては予後不良だった蚊アレルギー

 1980年代までは原因が分からないまま、皮膚科的な対症療法が行われていました。皮膚症状は抗炎症剤などを投与すると一時的によくなるのですが、また蚊に刺されると同じ症状の繰り返しになります。進行すると、38度を超える高熱が出ることも少なくありません。そうこうしているうちに、患者の大半が悪性リンパ腫や白血病に罹って、亡くなってしまうのです。そのため、「蚊アレルギーは予後不良(助からない)」と言われていたほどです。

 実はEBウイルスは、アフリカ人に多い「バーキットリンパ腫」というがんから発見されたもので、人のがんを引き起こすウイルスの第1号として知られています。CAEBVも、悪性リンパ腫や血液がんなどを引き起こす点では共通しています。

 そのため治療も血液がんに準じていて、主に抗がん剤治療と骨髄移植の2つからなります。まずステロイドなどで全身の炎症を抑えた後、複数の抗がん剤を使って悪性細胞の数を減らしていきます。次に抗がん剤を大量投与して体内に残っている造血細胞を全滅させた後に骨髄移植を行うのです。現在は治療法がかなり洗練されてきたため、7~8割の患者が長期生存できるようになっているようです。

 蚊アレルギーはCAEBVのサインです。子供が蚊に刺されて皮膚炎が長引くようなら、一度、皮膚科や血液内科で診てもらうのがおすすめです。一方、大人のCAEBVは数えるほどしかいませんから、蚊に刺されて他人より少し痒かったり腫れたりしても、あまり心配する必要はなさそうです。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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