あなたを狙う「有毒」動物

なぜ公園でくつろぐ高齢者は蚊に刺されてもかゆく感じないのか

高齢者は痒くない?
高齢者は痒くない?(C)日刊ゲンダイ

 暑い日が続いています。日暮れ時、近所の公園で夕涼み、といきたいところです。しかし待ってましたとばかりに「蚊」が襲ってきます。虫よけスプレーはむせるから嫌いだし、蚊に刺されるのはもっとイヤなので、とぼとぼと引き返すしかありません。

 ところがベンチに目をやると、元気なお年寄りたちが涼しい顔で、思い思いに寝転んだり雑談したりしています。すでにワクチン接種は終わっていて、コロナの心配が小さくなったのは分かりますが、いくら年寄りだからといって、蚊は手心を加えてはくれないはず。あるいは「老人の血は不味くて喰えない」と敬遠されているのでしょうか。

 しかしそういえば、昔から「年寄りは蚊に刺されても痒くならない」と言われていたのを思い出します。じつはこれ、都市伝説などではなく本当の話です。体質にもよりますが、一般に高齢者の多くは、蚊による痒さをあまり感じなくなっているのです。加齢で神経が鈍っているからとか、そういったことではありません。もっと深い、免疫学的な理由があるのです。

 蚊に刺されて腫れたり痒くなったりするのは、医学的には蚊刺症(ぶんししょう)と呼ばれています。蚊は吸血のために人を刺すわけですが、蚊の針(口吻)はたいへん細いため、そのままでは途中で血が固まって、詰まってしまいます。そのため針を肌に突き刺すと、最初に血液凝固を防ぐ成分を唾液に混ぜて打ち込んできます。血液をサラサラにして、吸いやすくするためです。ところが人体のほうが、この唾液に対するアレルギー反応を起こすので、蚊刺症の症状が現れるのです。

■赤ちゃんは蚊に刺されても腫れも痒みもない

 アレルギーの正体は免疫反応です。蚊の唾液に対する免疫反応には、4段階あることが分かっています。蚊との付き合いの長さに伴って、段階を踏んで反応が変化していきます。

 第1段階は生まれたばかりの赤ちゃんです。まだ刺されたことがないので、体内には蚊の唾液に対する免疫がありません。そのため乳幼児は蚊に刺されても、アレルギー反応が出ません。腫れも痒みもないのです。

 しかし何度も刺されていくうちに、次第に免疫が形成されていきます。幼稚園に上がるまでには、T細胞やマクロファージと呼ばれる免疫細胞が、蚊の唾液成分を認識できるようになり、刺された箇所に集まって炎症反応を起こすようになります。ただし、刺されてもすぐには痒くなりません。反応が起こるまでに1日から2日ほどの時間がかかります。そのため遅延反応とか遅発反応と呼ばれています。子供のころは、まだ大半がこの段階にとどまっています。 また体質によっては、数日から数週間にわたって、腫れと痒みがぶり返すことがあります。ただしあまり続くようなら、「蚊刺過敏症(蚊刺過敏症)」という難病の可能性がありますから、医者に診てもらったほうがいいでしょう。

■蚊に刺されるほど遅延反応が弱まる

 小学校に上がるころまでには、蚊の唾液に対するIgEと呼ばれる抗体が作られるようになります。蚊に刺されてIgEが反応すると、皮膚の中にあるマスト細胞(肥満細胞)と呼ばれる細胞からヒスタミンなどが分泌され、痒みと腫れを引き起こします。仕組みとしては、花粉症などと同じです。ただし反応する相手(アレルゲン)が違っているわけです。

 この反応は、刺されてから数分以内に起こるので、即時反応と呼ばれています。即時反応は30分もすれば治まりますが、1日か2日後には遅発反応も起こります。つまり即時と遅延の連続技で、一刺しで二度痒い思いをするわけです。

 さらに年齢が上がって、蚊に刺された累積回数がどんどん増えてくると、次第にT細胞やマクロファージが慣れてきて反応しなくなり、遅延反応が弱まっていきます。そして即時反応だけになるのです。体質や、いままでにどれだけ刺されたかにもよりますが、だいたい50代から60代になるころには、遅延反応はなくなるようです。それでも即時反応は残っていますから、刺された直後から30分ぐらいは、痒さや腫れが続きます。

 それを過ぎると、いよいよ最終段階です。体内では、蚊の唾液に対するIgGと呼ばれる抗体が作られるようになっています。IgGは強力な抗体で、蚊に刺されると、即時反応よりも早く唾液成分と反応して中和してしまいます。そのため即時反応がほとんど起こらず、痒みや腫れが生じなくなるのです。高齢者の多くがこの段階に達しているため、夕涼みの公園で蚊に刺されても、平気でいられるのです。

 ちなみに私は還暦を少し超えており、すでに遅延反応はなく、即時反応だけが残っています。しかし刺された直後はかなり痒いので、まだIgG抗体が少ないのかもしれません。しかしあと何年かすれば、公園の先輩たちの仲間入りができるかもしれません。ただしそのためには、毎年十分に蚊に刺され続けるという、苦しい修行を積む必要があるので、どうしたものかと思案に暮れているところです。

永田宏

永田宏

筑波大理工学研究科修士課程修了。オリンパス光学工業、KDDI研究所、タケダライフサイエンスリサーチセンター客員研究員、鈴鹿医療科学大学医用工学部教授を歴任。オープンデータを利用して、医療介護政策の分析や、医療資源の分布等に関する研究、国民の消費動向からみた健康と疾病予防の解析などを行っている。「血液型 で分かるなりやすい病気なりにくい病気」など著書多数。

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